女優中村ゆり(39)が作品ジャンルや演技の幅を大きく広げて活躍中だ。アイドルから女優に転身、夢中で芝居に取り組んできた。テレビ東京系連続ドラマ「ただ離婚してないだけ」(水曜深夜0時)では主人公夫婦の妻を演じている。ここ数年のブレークと言っていい環境の変化にも、いつも通り、を崩さない。

★封印

真っ白な衣装で現れた。中村の透明感と相まって、現場がふんわりと明るくなった。取材中も笑顔が絶えず、カメラマンの言葉に破顔する場面もあった。この笑顔は「ただ離婚してないだけ」ではほとんど見られない。描かれるのは、冷え切った夫婦、夫の不倫が招く事件といったサスペンス。中村は妻を演じている。

「最初にお話をいただいた時、監督とプロデューサーさんが直接会いに来てくださったんですが、アドレナリンが出てるのが伝わるぐらいの熱意でした。だからこそ、プレッシャーもあるんですが、普段通りにきちんと向き合っていこうと思っています」

冷静な気持ちは、作品全体を見る目にも通じている。不倫サスペンスという、愛憎ドロドロの物語にも、普遍性を見いだしている。

「うまくいってない夫婦ですが、2人が夫婦になった歴史があるわけですから、愛情を大事にしたいです。恋だなんだを超えた状態の夫婦は、言ってみれば人生の同志。人間愛としてつながっている部分も多いと思います。展開としてはそこいらにある話ではないけれど、夫婦像にはリアリティーがあります」

不倫夫を「とんでもない旦那」と評するが、表層だけでは見ない。

「人間ってどこか何かに依存してるものなので、否定もできないなと思います。私もけっこう、ろくでもない人間に共感しちゃうところがあるから」

笑顔を封印した役柄。普段の生活が引きずられることはないのだろうか。

「引きずり込まれちゃったらそれはしょうがないかもしれないですけど、切り替えは20代のころより上手にできるようになりました。本当にしんどい時は『お酒飲んで寝ちゃおう!』みたいな、そういう応急処置の技があります」

★準備

昨年、BSテレ東「今夜はコの字で」で民放連ドラ初主演し、今年1月期、入れ替わりを描いたTBS系「天国と地獄~サイコな2人~」でも好演した。病と闘うシングルマザーを演じるCMも印象的だ。注目度が増している実感を聞いた。

「いつも通りです。来た仕事を1つ1つちゃんとやって、また次の仕事に取り組んで…という感じです。褒めてもらえたり、飛躍の作品になったねと言ってもらえるのは、たまにあるおまけのようです」

オファーが絶えないと言うと「あまり断らないからじゃないですかね」と笑った。映画「パッチギ! LOVE&PEACE」(07年)の井筒和幸監督の言葉を振り返りつつ、今の状況に喜びを隠さない。

「井筒さんに『平均的な顔立ちしてるから、お前、何の役もできそうやな』って言われました(笑い)。仕事が絶えずあるのはめちゃくちゃうれしいですし、ありがたいです。自分の足りなさや自信のない部分を隠さないようになったので、サポートしてあげようという方が自然に増えてくださったのかな。映画もドラマも皆で作るもの。素直に周りに助けてもらえるようになりました」

周囲のサポートに甘えるのではなく、自分がやれることは徹底的に行う。

「20代のころに比べ、すごく慎重で臆病になって、徹底的に準備するようになりました。若いころは感性だけでやれたこともありましたし、できなくてもそれも魅力、という部分もあると思います。私くらいの年齢になると、できないと、何のために来てんだってことなっちゃいますから」

★転機

転機の作品は「パッチギ!-」だとした。当時の取材に「初日から思いっきり怒られた」と話している。熱意ある現場だった。

「女優にしてくれたのは『パッチギ!-』であり、井筒さんです。徹底的にやってもらえて幸運でしかないです。映画への熱量がすごく高い人たちで、当時のプロデューサーさんが『日の当たらない人たちに光を当てる映画を作りたい』と言ってました。私もそんな作品に関わりたいです」

96年にテレビ東京系「ASAYAN」のオーディションに合格、アイドルデュオYURIMARIを結成した。歌手デビューもしたが、99年に解散した。

「人前でテンションを上げてしゃべることに向いていないのかなと感じていました。キャラクターも作っていて苦しかったです」

出会いには感謝しており、今でも当時のチームと連絡を取り合う。「財産です」と言う。解散後は芸能活動から離れ3年間、アルバイトなどをして過ごした。

「自分が全然できないタイプの人間で、社会で生きることにこんなに順応できないんだと実感しました。レジ打ちも間違ってばかり。楽器ができるわけでもないし、勉強だってろくにしてない。お芝居のオーディションに声を掛けてもらった時も、なれるわけないと思いました。でも、おもしろがってくださる人に出会えて、こんな自分でも頑張ればできることがあるのかなと思えたんです」

「頑張ればできるかも」は、ほどなく「頑張りたい」に変わった。

「出演した作品を試写で見た時、本当に少ししか出てないんですが、すごく感動したんです。こんなにかっこいい仕事の一員にさせてもらったという充実感。そこからは夢中でした」

★時間

アイドルで大きな成功に結びつかなかった経験も生きている。

「物事は簡単にはうまくいかないことを実感しましたから、女優として再出発させてもらえることになった時、本気で取り組まない限り絶対に無理、という覚悟を持てました。アイドルの経験は無駄ではなく、とても大事な時間です」

03年の女優転身後は夢中だった。コロナ禍で感じたことがあった。

「何も抱えず過ごす時間を大事に、仕事から自分を切り離す時間を意識的に持たないと、何が幸福で取り組んでるのか分からなくなる。ご褒美みたいな時間を作るようにして、家庭菜園やミシンをやってみたり。家庭菜園では木の芽、バジル、レタスを、エゴマの葉を育てました」

大きな目標ではなく、年の初めにクリアしたいことを書き出したそうだ。

「否定しない、無駄なものは持たない、人のいいところを見る…すごいいっぱい書いてる!」

多くの前向きな言葉が、魅力を代弁している。【小林千穂】

▼「ただ離婚してないだけ」で中村と夫婦を演じるKis-My-Ft2の北山宏光(35)

中村さんは、聞き上手な方です。人に心を開いてもらうには、まず自分のことを話すのが一番だと思っていて、僕のどんなにくだらないことも聞いてくださいます。その時も笑顔でニコニコしながら、そうなんだ~とリアクションしてくれて、人としてとても尊敬しています。

◆中村(なかむら)ゆり

1982年(昭57)3月15日、大阪府生まれ。テレビ東京系「ASAYAN」から生まれたYURIMARIで3年間活動。03年、映画「偶然にも最悪な少年」で女優に転身。昨年は映画「Fukushima50」、ドラマは日本テレビ系「未満警察 ミッドナイトランナー」「私たちはどうかしている」など、舞台は三島由紀夫没後50周年企画「MISHIMA2020 『真夏の死』」出演。現在、映画「Arc アーク」が公開中。日本生命、メルカリのCMでも話題に。

◆ただ離婚してないだけ

フリーライターの正隆(北山宏光)と、小学校教師の雪映(中村ゆり)は結婚7年目。冷めきった関係は「ただ離婚してないだけ」の状態。正隆は、不倫相手の萌(萩原みのり)から衝撃の告白をされる-。

(2021年7月11日本紙掲載)