いま最もキャスティングしたい俳優として、この人の名前を挙げるクリエーターは多い。松下洸平(36)。このほどTVerオリジナルドラマ「潜入捜査官 松下洸平」(5日から配信)でドラマ初主演を果たした。デビューから15年。「根拠のない自信」をこつこつ形にしてきた、骨太な人だ。【梅田恵子】

★「スカーレット」でブレーク

NHK朝ドラ「スカーレット」(19年)で戸田恵梨香の夫役を演じて大ブレークして以来、ラブストーリーの相手役やサクセスストーリーの相棒役など、物語のキーマンとして存在感を発揮してきた。初めて主人公として作品の真ん中に立つことにも気負いはない。

「最初に名前が来る重みは感じますが、僕がたくさん出会ってきた主演俳優さんたちがそうだったように、みんなと一緒に作り上げていくことを大事にしました。主演をやることがゴールではないし、何かひとつ階段を上るわけでもない。作品と向き合う思いは、役名がない時から変わらないので」

演じるのは「松下洸平」本人の役どころ。俳優として売れてしまったが、本職は15年前から大物俳優佐藤浩市をマークするために芸能界に潜入している警視庁潜入捜査官、というサスペンスコメディーだ。映画共演という思わぬ捜査チャンスを得て、身につけた演技力でターゲットに迫っていくことになる。

「松下洸平でありながら松下洸平ではない、という設定が絶妙だなあと。隠密が基本なのに売れてしまったという設定なので、『スカーレットのせいで』みたいなせりふもあったりして、面白いです(笑い)」。松下洸平×佐藤浩市の対決の行方は大きな見どころとなる。「浩市さんとは初対面で緊張しましたが、バチバチに芝居をやらせていただきうれしかった。対峙(たいじ)するシーンはぜひ見ていただきたいです」。

本作は、民放公式テレビ配信サービス「TVer」による初のオリジナル作品。在京キー局5局が制作協力し、潜入捜査先の舞台として各局の看板バラエティー番組が登場する。局の垣根を越えた横断撮影はTVerならでは。「生放送の『ラヴィット!』さんに不自然に出させていただいたり(笑い)、『あざとくて何が悪いの?』の田中みな実さんに僕が恋愛相談したり。普段の俳優活動ではできない経験でしたし、すべてが物語のピースになっています」と自信をみせる。

★21歳根拠ない自信だけで

21歳で芸能界に潜入、という役の設定を通し、自身がデビューした21歳当時を懐かしく思い出したという。「顔と名前だけでも覚えてください、みたいなシーンは、まさに自分もそうでした」。

表現の振り出しは歌手だった。高校3年の時に見た映画「天使にラブソングを2」を見て感動し、歌手を夢見て音楽の専門学校に進学した。「根拠のない自信だけで音楽を始めて、音楽番組に出たり、大きな会場でライブやったりという自分を夢想していましたが、現実は甘くなかった」と振り返る。シングル2曲、配信3曲をリリースしたが振るわず「思っていた未来につながっていないと、1回くじけましたね」。

当時は音楽業界にサブスクが普及し始め、CDを売るにはインパクトが必要とされた時代。画家である母親譲りの絵の才能と、美術系高校での経験を生かし、ステージ上で自作の歌とペインティングを披露する「ペインティングアーティスト」としてのデビューだった。「新しいジャンルで成功する人は、ずっと続けているんですよね。僕も認知されるまで続けていたら、どなたかの目に留まって何らかの評価もいただけたかもしれませんが、21歳で大きなビジョンを描きすぎて、長く続けていく力が僕にはなかった」。

活路を模索していた時、ミュージカル「GLORY DAYS」(09年)に誘われ、記念受験のつもりで受けたオーディションをきっけに俳優業に進出した。同世代の俳優たちとの作品作りで演劇の楽しさを知ったという。18年舞台「母と暮せば」「スリル・ミー」の演技で文化庁芸術祭演劇部門新人賞など複数の賞に輝き、翌19年、朝ドラ4度目の挑戦で「スカーレット」の出演を射止めた。

★「10年単位」で未来予想図を

同作でブレークしたのは32歳の時。年齢的にちょうど気持ちが吹っ切れた時期だったという。

「いちばん心が揺れていたのは28~30歳あたり。それまで1年単位で未来予想図を書き換えてきたのに、30歳を目の前にすると『30代』という10年単位で人生を考えなきゃいけなくなった気がして。長い30代を考えたら、29歳で1回終わりにした方がいいかも、と思ったこともありますね」

振り返れば、人と作品に救われたという。

「作品に呼んでくださる方や、一緒にやろうと言ってくれる事務所のスタッフさん、きっと同じような悩みを抱えていてもそれを口にしないで頑張っている仲間。そういう人たちに支えられながら、素晴らしい作品に出会ってきた」。「恩返ししたい気持ちで頑張ってきたし、何がチャンスにつながるか分からない。10年やり続けてくれた自分がいてこその今なので、振り返れば豊かな時間だったと思います」。

歌手デビューの時もそうだが、そもそも「楽しいものにすぐ飛びつく性格」「根拠のない自信で2段も3段も飛べるタイプ」なのだと笑う。

「中学の時、TRFさんを見て、自分もかっこよく踊りたいとダンスを始めたり」。小学校の時は、思い立って地元の東京・八王子からなぜか羽田空港まで自転車で目指したことも。5時間ほど走って引き返せなくなり、公衆電話で親に謝ったという。

「そこに至るプロセスを考えず、いつも飛び込んでから困難に気付く(笑い)。俳優としても、もう引き返せないところまで来たのかもしれないですね。でも、そこには絶対何かあるはずだと、自分で自分のケツをたたいて進むのは嫌いではないんです。負けず嫌いだし、そんな自分に何度も助けてもらった」

現在36歳。10年単位で考えたという30代も半ばまで来た。気が早いが、40代の展望について尋ねると「怖いこと聞きますね」と穏やかに笑い、「これから先も、より自分が納得できるお芝居を続けられる俳優でいたい。そのためには、いただいた役を一生懸命やるしかない」と結んだ。「作品と向き合う思いは、役名がない時から変わらない」という冒頭の言葉は、この人の本心である。

▼「潜入捜査官 松下洸平」小原一隆プロデューサー

朝ドラ「スカーレット」を見て以来、ずっとご一緒したかった存在でした。芝居がナチュラルで何にでもなれそうだし、コメディーもシリアスもできるのも魅力です。作品の中で、時間を気にする、というシーンがあったのですが、本番直前に僕の腕時計を持って収録に臨み、チラチラ見るという芝居を入れるなど、直前までベストを尽くすまじめさも彼らしいなと。どのシーンにもちゃんと自分の考えを持っていて、でも押しつけない。スタッフはやりやすかったと思います。

◆松下洸平(まつした・こうへい)

1987年(昭62)3月6日、東京都生まれ。幼少期から油絵を始め、美術系高校、音楽の専門学校にそれぞれ進学。08年、洸平名義で「STAND UP!」でCDデビュー。09年、ミュージカル「GLORY DAYS」で俳優業進出。19年、NHK連続テレビ小説「スカーレット」でヒロインの夫、十代田八郎役を演じブレーク。175センチ、血液型A。

◆TVerオリジナルドラマ「潜入捜査官 松下洸平」

5日正午から配信スタート、全5話(全話無料)。主演松下洸平ほか、佐藤浩市、馬場ふみか、古田新太ら。登場する各局バラエティーは「ぐるぐるナインティナイン」(日本テレビ)、「あざとくて何が悪いの?」(テレビ朝日)、「ラヴィット!」(TBS)、「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦」(テレビ東京)、「全力!脱力タイムズ」(フジテレビ)。

ただ立っているだけで「絵」になる松下洸平さん。真っすぐなまなざしから目をそらせませんでした(撮影・浅見桂子)
ただ立っているだけで「絵」になる松下洸平さん。真っすぐなまなざしから目をそらせませんでした(撮影・浅見桂子)
ただそこにいるだけで「絵」になる松下洸平さん。真っすぐなまなざしから目をそらせませんでした(撮影・浅見桂子)
ただそこにいるだけで「絵」になる松下洸平さん。真っすぐなまなざしから目をそらせませんでした(撮影・浅見桂子)