みんなに愛された“与太郎”がついに去る。林家木久扇(86)が3月末で約55年間出演した日本テレビ系演芸番組「笑点」(日曜午後5時半)を卒業する。昨夏の同局特番「24時間テレビ」内で発表して約半年。思い出や後輩たちへ託す思い、落語界の未来について、今の気持ちを聞いた。【松尾幸之介】

★歴代最長人生半分超

決意を固めた男の表情は和やかだった。半世紀超えの出演は気づけば歴代最長。人生の半分以上を「笑点」とともに過ごした。

「86歳という年齢で、社会的に何か動いているという人はなかなかいないでしょ。僕より年上だと黒柳徹子さんがまだいらっしゃるけど、世界中探してもお笑いでレギュラーでテレビに出ている人は私しかいないと思います。自分の寿命を考えた時に、100歳までという時代になっているとはいえ、いついなくなるかわからない。少し遅かったけど、それに気づいたわけですよ。こんな年でやっていていいのかと。振り返ると、『笑点』だけではないけど、忙しくして随分家庭を犠牲にしました。家族に迷惑ではないけど、満足なことをしていないなと。埋められはしないかもしれないけど、このあとの時間で応えてあげたいと思いました」

★86歳これから妻と水入らず

妻にかけられた「もういいんじゃない?」という一言も大きかった。卒業後は、そんな妻と夫婦水入らずの時間を過ごすことを楽しみにしている。

「今までは食事も(子どもや弟子を入れた)大勢で行くことばかりでしたから。7、8人で焼き肉とかに行くと(会計が)十何万とかになっちゃうから、いつもお金の計算をして、頼む品物を(安いものに)落としていました(笑い)。これからはそういう心配をせずに(妻と)ホテルの食事にでも行って、おいしいものを値段を考えないで注文してもらいたい。僕が好きなものは、かに玉とかば焼きだから、それもいつでも食べられるようにね」

★思い出は78年初米興業

「ライフワークだった」という「笑点」は、かけがえのない番組としてこれからも見守る。思い出には78年に日テレ開局25周年記念特番として米サンフランシスコで行った初の海外公演を挙げた。同年に「セントルイス・ブルース」に歌詞をつけた自身のヒットシングル「いやんばか~ん」を発売しており、忘れられないものになっている。

「初めて『いやんばか~ん』を披露したのがサンフランシスコ収録で、現地の日本語を勉強している米国人からも口笛を鳴らされたりして、すごくウケてましたね。こういうのもウケるんだなと。日本でもヒットしましたけど、最初はひわいだとか言われて。歌詞は『お耳、お口、あご』とか体の部位を順番に言っているだけで、そうしたら子どもが最初に覚えてくれて。そのうちストリップ劇場でもやってくれるようになって、思いもしない方に動いていきましたね。もう笑い話だけど、印税も入るなと思ったら、あの曲を作った人の未亡人が米国で生きていて、利益はそっちにみんないっちゃった。僕に入ったの24万円だけ。打ち上げ2回やっておしまいでしたよ(笑い)」

★漫画 画家 ラーメン

近年の番組には、桂宮治(47)、春風亭一之輔(46)と昨年まで2年連続で新メンバーが加入して若返りが進んでいる。自身の後任については、確固たる思いがある。

「私と同じような与太郎を演じてもらおうと考えたりせず、誰かかっこいい人に入ってもらえたら全然違う調味になると思っています。誰になるのかは知らないですし、自分はそこに立ち入る者ではないと思うんですよね。番組はずっと続くし、そのために選ぶ人は大事。予想もいろいろ出ていますけど、僕の思っている人と全然違う人が活字になったりしていて『ええ何で』っていつも思っていますね。本当に楽しみですね」

「かに玉ばかり食べているわけにもいかない」と、卒業後も後進の指導や落語普及の活動は続ける。もともと多趣味で漫画家や画家としての才能も高い。幼少期の苦労体験から常々口にしてきた「生活を支える経済を意識しなければだめ」という思いで始めたラーメン事業などもある。

「経済的な支えがなければ自信を持って商売もできないですよ。寄席の起点も、本来は財政が豊かで先の見通しが見えている人がやるべきだと思っています」

★空港でゲリラ寄席!?

2月に出席した落語協会誕生100年記念式典では若い力が羽ばたける場所として渋谷に寄席を作ることを目標に掲げた。今でもどうすれば落語がより広まっていくかを一番に考えている。

「落語は座布団と机などがあればできるでしょう。空港とかにも寄席を作って飛行機待ちのお客が聞くとか、新幹線を待っている人の前でやるとか、ゲリラ的なこともしてみたら、もうかるんじゃないかなと思うんですよね。でも、みんな奥手というかね。僕は思いつくとすぐかけずり回ってお金を出してくれる人を見つけてやっちゃうんだけど、高齢になっちゃったからね。この前、テレビを見ていたら今後はロボットの時代がくると言っていて。AIもあるから相談に乗ってくれたりもするんだよね。『今後はロボットが支配する時代がくるかもしれないですね』というのをロボットが言っていたりして、すごいなあと。落語はまだ難しいかもしれないけど、もし私のロボットが出てきたら、ずっと『いやんばか~ん』ばかり歌っているかもしれないね(笑い)」

最後も、和やかな笑顔で締めた。長年守った座布団の偉大さは、いなくなってなお強く痛感するのかもしれない。

▼実の息子で落語家の林家木久蔵(48)

喉頭がん後、あれだけ大好きだったお酒をスパっとやめ、2年前の大腿(だいたい)骨骨折時には「80代の大腿骨骨折は最悪寝たきりまたは車椅子」と言われた中、仕事のため、懸命にリハビリをし、見事歩けるように。“バカをやるための努力”本当に頑張ったね、今まで問題だらけの健康診断、今や数値どれもパーフェクト! 完全体の父は無敵です。笑点卒業後は何して楽しむんだろう。世の中を楽しむ天才に家族全員もーちょっと付いていこ~っと。

◆林家木久扇(はやしや・きくおう=本名・豊田洋)

1937年(昭12)10月19日、東京都生まれ。60年に3代目桂三木助に入門し、その死後、8代目林家正蔵(後の彦六)門下に移り、木久蔵と改名。69年から「笑点」の大喜利メンバーとなり、73年に真打ち昇進。07年に木久蔵の名前を長男に譲り、木久扇と改名。孫も林家コタ名義で15年5月に8歳で高座デビュー。絵はプロ級で、絵本など著書も多数。3月1日には最新書籍「バカの遺言」(扶桑社)を発売。

◆「いやんばか~ん」

78年4月発売の林家木久扇の2枚目シングル。前作から約3年ぶりの発売で、明かりのない中での性行為をテーマに歌う歌謡曲風の楽曲。B面は「木久蔵のナンチャッテ数え唄」。

 
 
 
 
林家木久扇の最新書籍「バカの遺言」の書影
林家木久扇の最新書籍「バカの遺言」の書影