上方落語協会の桂文枝会長(74)が18日、大阪市北区の大阪天満宮で、上方落語の発展に貢献した先人を顕彰する境内社「高坐招魂社(こうざしょうこんしゃ)」の鎮座祭に出席し、今後20年は現役で活躍することを誓った。

 「今、ピカピカ輝いているこの社の銅ですが、重みのある青緑色に変わるまでは20年、かかるそうです。あわててこの中に入らんように、青緑になるまで、見届けたいと思います」

 神事を終えた文枝は、社を見上げて、こう口にした。文枝が会長に就いた後、06年に上方悲願の定席小屋「天満天神繁昌亭」をオープンさせ、同劇場ロビーには、6代目笑福亭松鶴さん、3代目桂米朝さん、3代目桂春団治さん、5代目文枝さんをはじめ、多くの先輩の写真を飾るなどしてきた。だが、文枝は「月日も流れ、残念ながら(写真も)増えてきましたので、どこかにおまつりする場所がないか、探していた」と言い、繁昌亭と同じ天満宮境内の一角を受け、社の建立を検討し、実現させた。

 「落語家の皆さまにはお参りいただいて、気持ちを落ち着けて高座に臨んでいただきたいし、落語家以外の、一般のお客様にも、お参りいただいて、話が上手になる社として、親しんでもらえるようになれば」

 大阪天満宮は学問の神様としても知られるが、この社は「スピーチを頼まれた、何か人前でしゃべらなあかんとか、そういうときに来てもらえれば。天満宮は学問、こちらはしゃべりの神様で。ここへ来ればお話上手になる社として知ってもらいたい」と話した。

 大阪天満宮の寺井種伯(てらい・たねのり)宮司は「年に1度は先人をたたえるお祭りも開ければ」と話し、上方落語とともに、地域の活性化も願った。

 同社には、天満宮北側の星合池そばにあり、繁昌亭の楽屋口からは向かいにあり、6代目松鶴さんら「上方四天王」や、協会発足の57年以降に亡くなった落語家をまつっている。