来年5・6月に帝劇で上演されるミュージカル「ミス・サイゴン」に続投出演することを決めた市村正親(70)を取材した。同作で市村は狂言回し的な役回りの客引き男のエンジニアを92年の初演から演じ続けてているが、前回の16~17年の上演前にエンジニア役を卒業することを明言した。実はその時も取材し、「卒業」という大きな見出しで記事にしていた。

続投で、「卒業」記事は、厳密に言うと「誤報」になるかもしれないが、記者として続投は大歓迎だ。何よりも市村エンジニアを再び見られることがうれしいのだ。エンジニア役の最大の見せ場である「アメリカン・ドリーム」の場面は、拍手と歓声でショーストッパー(進行が中断すること)になるほど。渡米することを夢見る男が、何年たっても夢が実現できない切なさも、市村エンジニアの独壇場だった。

取材した日は、来年の公演に向けたスチール撮りだったが、エンジニアのトレードマークである赤いジャケットに身を包むと、もう役になりきった。カメラマンの注文にも、すぐに応じて、完璧なエンジニアぶりで、撮影も短時間で終わった。92年から25年間、853回も演じ、すっかり役を自分のものにしている。

続投を決めた理由は、体力的に十分できることがある。初演時は1週間で10回、1日2回公演の日が何度もあった。しかし、前回はトリプルキャストで1日1回だけで「体力的に楽だったし、物足りなかった」と明かす。来年は71歳と、世間的には高齢者だが、同世代へのエールの思いもある。「僕ら世代に勇気を与えたい」という。今後、定年の年齢、年金受給年齢が上がりそうな状況の中で、70代で現役という人は増えるだろうし、まだ老け込む年代でもないだろう。市村エンジニアは60代、70代の「星」といえそうだ。【林尚之】