尾野真千子(39)の言葉に、映画記者として胸を打たれた。

「監督に映画を撮る前に『命懸けで頑張ります』って言いました。今の時代…コロナとかで、もう私は仕事が出来ないんじゃないかとか、いろいろなことを考えている中で、この台本が飛び込んできて。今、やらんと無理やん、ここで止まっていたら、あかんやん…って、自分の背中を押してくれた作品でした」

「自分にとって、すごく大切で、出演者の皆さんのお気持ちを、皆さんに届けたいと、すごく力強く思った作品です。みんなで力を合わせて、もがいて、頑張って、ジタバタしながら撮りました」

極めつけは、この一言だった。

「自分にとって、最高の映画だと思っています」

これらは、4月27日に都内で行われた映画「茜色に焼かれる」(石井裕也監督、21日公開)完成報告会の締めのあいさつで、尾野が語った言葉だ。こんなに熱い言葉の数々を、時に声を震わせながら女優が語り続ける…心から思っていなければ、口から出てくるはずはない。映画記者として、その瞬間を取材できたことが幸せだと思えた。そんな舞台あいさつなど、そう、あるものではない。

そんな尾野について語る石井監督の言葉も、また熱かった。

「尾野さんは、なかなか、よく分からない人なんですけど、ずっと冒頭、第一声には目をウルウルさせていまして。とにかく尾野さんが全力で、命懸けでこの映画に携わっていただいたことは分かっていますし、すごく感謝しています」

4年ぶりの主演映画「茜色に焼かれる」で、尾野は夫の陽一(オダギリジョー)を7年前に理不尽な交通事故で亡くし、中学生の息子純平(和田庵)を女手ひとつで育てる田中良子を演じた。コロナ禍で経営していたカフェが破綻し、花屋のバイトと夜の仕事の掛け持ちしても家計は苦しく、そのせいで息子はいじめに遭うという複雑な役どころだ。出演オファーを受けた理由を聞かれると「台本を読んで、伝えなきゃならないことが、たくさん詰まっていたからです」と語った。

尾野のことは、13年の映画「そして父になる」がコンペティション部門に出品された、カンヌ映画祭(フランス)で現地取材したのを含め、これまでに何度か取材してきた。言葉の端々に、生き様や人生を感じさせる俳優だと、いつも思ってきたが「茜色に焼かれる」の舞台あいさつでの言葉は、これまで以上に胸の奥に深く刺さってきた。

尾野に、壇上で語った言葉の真意と、その裏にある人生を聞いてみたくて、たまらなくなった。聞くことが出来た暁には、原稿という形で紹介したい。【村上幸将】