アカデミー賞の授賞式が今年も終わった。俳優にとってハリウッドなどで活躍することは大きな夢のひとつ。そんな中、「1人でも多くの日本人が海外で活躍する姿を見たい」とその活動をサポートする取り組みを始めた団体がある。

一般社団法人Japan Casting(以下、JC)。ビザや言語の問題など、日本人俳優が直面しがちな課題に寄り添い、支えていく事業をこの春から本格的に始めた。代表理事を務めるのは俳優の英語コーチとして活動する小田切真依氏(30)。「英語でハリウッドに行きたい」と思いを語る俳優らと接する中で、「日本人には表現が繊細な人が多い。その感覚をもっと広く知ってもらえたら、世界の人の役にも立つのではないか」と思いが芽生えた。活動内容などを知り合いのアクティングスクールの代表らにも相談し、団体設立を決めた。

昨秋から活動を始め、3月18日にウェブサイトをリリース。昨年9月に行った英語や演技レッスンを行う俳優向けのトライアルには10人の枠に2日で20人が応募するなど、日々、活動への高い需要を感じている。「芸能界に今まであった制度や仕組みをキープしながら、新しい形に変わっていかないといけない部分はあると思っています。ここに来れば海外で活動するきっかけや情報を得られる、役者さんが自分の人生を豊かにできるという場を作っていきたい」。ワークショップなどで地道に活動を広め、今後は会員向けコンテンツとして、海外で活躍する日本人のインタビュー動画配信なども予定しているという。

共同設立者には俳優の斎藤陸(31)や、アヤカ・ウィルソン(24)といった現役の役者らも名を連ねる。米国で3年半の俳優活動経験がある斎藤は、外の世界を感じる価値について「行く前と行ったあとでは自分の中での常識が変わりました」と語る。現地では世の中における俳優の立場の違いなども痛感した。「米国では俳優は尊敬に値するような職業として扱われていて、頭も良くないとできない仕事。それだけ尊重されていて、地位も確立されていました」。

そうした世界に日本人が割り込んでいくことの難しさももちろん感じた。それでも挑戦することの意義はあるといい「日本人にはその先にどんな楽しいことが待っているかをイメージできていない人が多いように思います。なので、行こうと思っても諦めてしまう。僕はニューヨークに行きましたが、それは自分を大きく成長させてくれました。そのイメージを共有して、みなさんの価値観を1歩踏み出させることができないかなと思っています」。

また、現在は日本、海外双方で活動するアヤカ・ウィルソンも、ハリウッドなどを目指して日本から海外へ飛び出した俳優の1人だ。09年の主演映画「パコと魔法の絵本」では日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞し、学業での活動縮小期間を経て18年の映画「響-HIBIKI-」などにも出演。国内で活躍を続けていたが「海外の思考や演技方法を学びたいと思った」と20年秋に父親の母国で生まれ故郷でもあるカナダ・トロントへ単身で移った。ハリウッド作品出演、そして米アカデミー賞獲得を目標に活動している。

斎藤と同じく、現地の雰囲気やセット装置など感銘を受けた部分は多かったという。課題に挙げたのは制度面。海外にはユニオンと呼ばれる俳優を守る労働組合組織があり、労働時間による賃金の発生や休憩時間の取得などの制度整備が進んでいる。「ユニオンは俳優が100%の活動ができるように守ってくれるという存在です。こっちではそれくらい芸術、文化に国としてすごく力が入っているなと感じていて、その感覚が現場にも現れていました」。監督と俳優の間にある関係性の微妙な違いも感じたといい「英語という言語の違いもあると思いますが、演技についても監督とコミュニケーションを取りやすい環境になっています」と話した。

JCでは海外に出たい役者のサポートのほか、海外のキャスティング担当者に俳優を紹介する役割を担うことも目指している。国内では演技を指導するアクティングコーチの不足や、そうした人材を育成する仕組みが整っていない現状もある。小田切氏は「今は金銭面やスキルなど、俳優のキャリアを支える仕組みや制度がほぼないと感じています。そうした現状はすごくもったいない」と課題を語った。

今後は米国に法人を立ち上げ、「3年後くらいには実現させたい」と海外オーディションを受けたい俳優へのビザ発給や、現地ユニオン加入などのサポートも目指す。活動内容などは公式インスタグラム(@japancasting)や、公式LINEアカウントなどで日々発信しており、俳優からの問い合わせも増えているという。

小田切氏は「順調に伸びているなと感じています。理想とする世界を作り上げるまで10年くらいはかかると思っているので、まずはそこにむけて動きだしたという感じです」。日本人俳優の夢を実現させる。壮大なビジョンを持って、役者たちを支えていく。【松尾幸之介】