落語家の立川志の八(48)が29日、横浜市内の神奈川区民文化センターかなっくホールで落語会「~地元愛炸裂!!~しのはちの巣in横浜2022夏」を開催した。会の中で演目として、1997年(平9)の三谷幸喜監督の初映画化作品「ラヂオの時間」などを手掛けた、映画プロデューサーの増田久雄氏の小説を元にした落語「栄光へのノーサイド」を披露した。

「栄光へのノーサイド」は、第2次世界大戦でオーストラリア兵として出兵し日本軍の捕虜となった、1930年代のオーストラリアに実在した日系2世のラグビー選手ブロウ・イデの実話を元にした小説。同作を落語にした志の八は「落語と講談の間のような形で」と語ったように、時に語り部として物語を進め、釈台をたたいてリズムを取った。一方で、ブロウら登場人物になりきって「ノーサイド!! ノーサイド!!」と、あらん限りの声を振り絞った。光と影を効果的に駆使したライティングに音楽も絡めた”志の八ラグビー落語”の世界に、観客は真剣に聞き入りつつ、時に笑った。

「栄光へのノーサイド」は、ラグビーワールドカップ(W杯)日本大会開幕2カ月前の19年7月に出版された。志の八は、同9月に開幕したW杯を見て「ラグビーはすごいな。(落語の客にも)伝えたい」と感動した。その中、ブロウ・イデの存在と、イデを描いた「栄光へのノーサイド」の出版を知り「最初は落語をやるつもりはなかった。話の、まくらで話す気持ちで」読んだところ、はまった。

「面白かった。これは(落語で)やってみようかと」と、わずか1週間で落語に仕上げて、同10月に東京・下北沢の独演会で初披露した。1回きりで、おしまいのつもりが「これから、どんどんやっていきたい」と思いは募り、その段階で増田氏に許可を取り、同12月に横浜市内で再演した。

志の八は「栄光へのノーサイド」を落語にした際に、こだわったポイントについて「感動大作である原作の空気感を壊さず、何とか落語のエッセンスを入れないといけない。登場人物に、落語的なキャラ付けをさせていただいた」と説明。増田氏は「人情話として持っていったことが分かりました。またライティングなども入れてくる”スーパー落語”と呼んでも良い、素晴らしいものになったと感じています」と絶賛した。

20年には、かつて石原プロモーション(現石原音楽出版)で映画製作をしていた増田氏が、横浜を発着するクルーズ船「飛鳥2」で裕次郎さんや映画のことを語る講演会などを行っていた縁から、同船でのクルーズで「栄光へのノーサイド」を披露する企画が持ち上がった。当初、落語の尺は約2時間だったが、クルーズ船内で披露する都合上、約1時間にスリム化したものの、コロナ禍で見送られた。

今年7月24日に、横浜港を出発した「飛鳥2」の北海道クルーズで”三度目の正直”での披露が実現する運びとなり、志の八と増田氏も乗船した。ところが、今度はクルーズ中に新型コロナウイルスの感染者が出たため、途中で下船を余儀なくされ、披露はかなわなかった。その仕切り直しとして落語会「~地元愛炸裂!!~しのはちの巣in横浜2022夏」の演目の中に、急きょ「栄光へのノーサイド」を盛り込んだ。

志の八は「栄光へのノーサイド」が、増田氏が映画化を目指して温めていた企画を小説化した経緯があり「僕が落語をやることで、ぜひ映像化、映画化したい」と強い意欲を見せた。増田氏は、23年にフランスでW杯が開催されることも踏まえ「落語の『栄光へのノーサイド』がW杯が開催される年に、その始まりを知らせる風物詩のようになれば。僕が死んだ後でもいいから、そうなってくれればいいね」と期待した。

志の八は「栄光へのノーサイド」を披露した最後に、釈台の上にラグビーボールを置いた。この日、披露した落語は「飛鳥2」で披露するために短縮化した、約1時間20分のバージョンだったが「(23年に)フランスでW杯があります。フルバーションのものを、どこかで披露したい」と約束した。【村上幸将】