新作アニメーション映画「THE FIRST SLAM DUNK」が、大ヒットしている。

3日の公開後、同日と4日の2日間で興行収入(興収)12億9580万8780円、動員84万6687人とロケットスタート。興行通信社調べの全国週末興行成績ランキングで、1位となった。

11日までの9日間では、興収30億3549万2950円、動員202万4129人と、その数字をさらに伸ばした。公開3週目を迎えても、同初週だった米ハリウッド超大作の続編「アバター:ウェイ・オブ・ウォーター」(ジェームズ・キャメロン監督)を押さえて3週連続首位をキープし、興収は41億8000万円を記録した。

一方で、あらすじすら一切、開示されないまま公開を迎え、その後も内容が明らかにされないことに、批判的な論調を発信するメディアもあった。そもそも、公開前に出された情報自体、少なかった。原作漫画の作者でもある井上雄彦監督(55)が、21年1月7日正午すぎに自身のツイッターで

「【スラムダンク】映画になります!」

と電撃的に発信したのが第一報だった。すぐ後に、東映アニメーションが「“新しいアニメーション映画”を制作中」と発表。同8月に公開日とビジュアル、今年7月には新ビジュアルと特報動画、11月には声優陣の刷新と主題歌が配信番組で発表された。

ただ、記者は、ここまで東映がひた隠しにするには、何らかの理由があると考えていた。19年4月公開の「麻雀放浪記2020」でも、オリンピック(五輪)が戦争で中止になったなどの設定もあり、国会議員向けの特別試写以外は試写を開かなかった。その代わりに、メディアを含めた関係者にはムビチケ(映画前売券)を配布して公開後、映画を鑑賞できるように対応した前例があったからだ。

公開3週目のある日、都内で、メディアをはじめ配給の東映や作品に関わったり、宣伝に協力した関係者を集めた上映会が開催された。10日から上映が始まった、最新鋭のドルビーシネマでの上映会だった。冒頭で、作品の宣伝プロデューサーがスクリーンの前に立ち、なぜ試写もやらず、あらすじすら明かさないまま公開に踏み切ったか、その理由を説明した。時に声を震わせる、その姿を見て、よほどの覚悟で情報を一切、開示しない宣伝方針を貫いたのだと感じた。当該宣伝プロデューサーと宣伝プロデューサー補に上映後、話を聞いた。

-なぜ公開後、今になっても、あらすじを明かさないのか?

宣伝プロデューサー(以下、宣P) 原作とは全く違う切り口、新しい観点、視点から描いた作品であり、そこに新しい驚き、喜び、感動があるであろうことは事前に分かっていた。我々も映画屋なので、映画館で感動を最大化するためには、そして原作が連載され、テレビアニメが放送された当時、大好きだった方に、映画の価値を伝えるには、どういう宣伝をしたら一番、良いかと考えた時、イレギュラーながら、あらすじや内容を事前には明かさない、という考えに、たどり着きました。

宣伝プロデューサー補(以下、宣P補) 原作を読んだ人が何回も読み返して、下の世代に受け継がれている、これだけ大きな作品…作者とファンとの結び付きが、とんでもなく強い。まず、そのファンの方たちに向けて、どう伝えていけば良いのかがベースにあった。宣伝チームは、みんな作品の大ファンなので、どうしたら良いかと考えて(あらすじなどを事前に)見せないことにした。

-公開後、メディアや関係者を交えた試写を開くのは異例

宣伝P 製作チームや宣伝の中核の人間にしか、公開前に見せなかった。それ以外の方に「中身は一切、申し上げられません。公開後、見てください」と言ってきた…そうした方への感謝の気持ちです。

-批判も少なからずあった。不安はなかったのか

宣伝P フタを開けてみないと、分からないですからね。何で内容を言わないんだ、という批判の言葉もいただく中で当然、不安になったこともあった。けれども、不安になるたびに、製作途中の作品を見て、さらに(アニメの質が)進んでいる過程を見て、この作品だったら、この宣伝の仕方で大丈夫だと思えた。口コミで広がっていくと考えていたが、その予測通りになった。

作画は、ドラマパートは2Dで、バスケットボールの試合のパートは土台が3Dで、そこに2Dの井上監督の絵を乗せて描く、という形で書き分けをしているという。最先端の技術を駆使し、時間と手間をかけ、同監督の原作の風合いと、それを生かした上での迫力の試合シーンを実現した。

また、声優の芝居を収録し、その口調に絵を合わせて作画、製作するプレスコの手法が採られた。収録は2年前、3DCGのモーションキャプチャーなどは、その前から行ったという。

音に関しても、全国高等学校バスケットボール選手権大会「ウインターカップ」を取材し、音を撮るなどした。そこに、効果音を重ねて作り、いかに映画館で臨場感を感じる音にするかに、こだわったという。だからこそ、シアターの空間全体に、リアルなサウンドを縦横無尽に動かせる、ドルビーシネマ対応の作品に作り上げた。

宣伝プロデューサー補は、井上監督とファンとのつながりを最優先に考えた上での宣伝戦略だったと強調した。

宣P補 先生(井上監督)が、自分の作品が好きなファンのことを分かっているし、常にお客さんファースト…その絆を、我々が損なっちゃダメなんですよね。先生自身が、お客さんと向き合った作品作りをして、世に伝えてきた方なので。原作を読んでいない人に向けて、というよりファンを優先した。熱いファンがいることを考えると、それがベスト。

井上監督が、今回の企画に関わり始めたのは15年だという。それから7年…公開後の今も、ネタバレは、ほぼない。宣伝プロデューサー補は「(井上監督が)15年から関わって…よく、7年も内容を隠し通しましたよね」と笑った。また宣伝プロデューサーは、公開後の特徴的な動きとして「ファンが自発的にネタバレを防いでいる」と語った

批判を浴びようが、ぶれずに、あらすじすら開示せずに公開まで突き進み、狙い通りの大ヒットに導いた。その根底にある思いを、宣伝プロデューサー補が語った。

宣伝P補 お客さんに誠実なのか、先生のやっていることに誠実なのか、関係者含め、誠実だったのか…そこに裏切りがない形にはしたかった。

22年の締めくくりに「THE FIRST SLAM DUNK」が大ヒットしたことは、翌23年の映画業界にも、少なからず良い影響、効果を与えると期待している。その頃には、もう少し内容に踏み込んだ話を、作品のファンだけでなく、映画ファンができ、語り合うことで、さらに盛り上がる、次のフェーズに進んでいくことも…。【村上幸将】

◆「SLAM DUNK」 「週刊少年ジャンプ」(集英社)で、1990年(平2)10月から96年6月まで連載。神奈川県立湘北高に入学した桜木花道が一目ぼれした赤木晴子目当てにバスケを始め、全国高校総体に出場するなど成長していく物語。93年から96年まで、東映アニメーションの前身東映動画制作のアニメがテレビ朝日系で放送され94、95年には2本ずつアニメ映画も公開。06年に若いバスケ選手を支援する「スラムダンク奨学金」が設立されプロ選手も輩出。18年に新装再編版(全20巻)、連載開始30周年の20年にはイラスト集が刊行された。