11月-霜月(霜降月)、神楽月、雪待月、風寒と異称さまざま。神帰月とも。10月の神無月から神様が帰ってきたのである。運命の、赤い糸の縁(えにし)をどう取り持ったやら。

 日本では「糸」だが、中国伝説は「縄」、赤縄(せきじょう)と呼んでいる。彼の国では「小指」ではなく「足首」に赤く繋がれているというからその結び付きはさらに強固であるのかも知れない。

 現世の男女を結びつけることになっているが、一説では前世からの夫婦が再び、と見るむきもある。とあれ生まれも育ちも異なる2人が長年連れ添うというのは、互いの努力もさることながらやはり、縁と言うべきなのかも知れない。

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 北へ向かう新幹線。

 紅葉狩りへ出向くのであろうか、車内は思いのほか華やいでいる。3人席の通路側に座っていたら、老夫婦が遅れて席に着いた。妻は当然のように窓側に着席し、私の隣りには夫が座った。

 発車のベルを確認すると2人は駅弁の包みを開いた。色とりどりの、大ぶりの幕の内弁当は妻で、詰め込まれた風の、茶色い味噌カツ弁当の蓋を取ったのは夫であった。

 プシュッと音がして缶酎ハイのプルタブを引いたのが妻で、缶ビールのプルタブ周辺を万遍なくティッシュで清め、口に運んだのは夫であった。

 会話もなく、黙々と箸を動かす。夫がビールを飲みほし、窓の景色がビルの谷間を抜けた頃、妻がやおら互いの弁当を取り換えた。無造作に味噌カツ弁当を取り上げ、自らの、食べかけの弁当を夫のテーブルに置いた。

 見ると大ぶりの海老フライが1本、残されている。しげしげとながめ、それをつまみ上げた夫は嬉しそうに頬張った。半分残った缶酎ハイも添えられてあった。

 「恋染紅葉(こいそめもみじ)」という言葉がある。11月の誕生色で、燃えるような赤を指すそうだ。山下景子著「美人の日本語」(幻冬舎)には「もみじ」とは「揉み出ず」が変化したもので、「夜の冷え込みが激しくて、日中の寒暖の差が大きければ大きいほどその紅は、美しく、鮮やかさを増す」そうだ。

 こうも付け加えている。「きびしさを乗り越えて、しかもそれを肥やしにすることができる…そんな紅葉のあっぱれさが人の心を打つのでしょうね」。

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 「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」-良寛の、辞世の句と言われる。

 おのれの全てをさらけ出し、あとは自然に散ってゆく。思い残すことなく。

【文化社会部編集委員・石井秀一】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「新聞に載らない内緒話」 (2017年10月)