自民党総裁選が明日22日に告示される。20日には「大トリ」で、小泉進次郎農相(44)が出馬表明会見を実施。「自民党に足りなかったことは、国民の声を聴く力、国民の思いを感じ取る力ではなかったか」として「もう1度、国民の声を聴き、思いを感じ取り、不安に向き合う。国民の求める安心と安全を実現する政党に自民党を立て直すため、先頭に立つ決意で総裁選挙に挑戦する」と述べた。
約1時間にわたった会見で進次郎氏が再三言及したのは、自身が初当選し、自民党が野党に転落した2009年衆院選後、総裁に就任した谷垣禎一氏(80)の名前や言葉だった。出馬会見前日の19日夜には、東京都内の谷垣氏の自宅を訪問。その時の様子を、自身のX(旧ツイッター)に「谷垣さんからは『こういう時こそ世の中の人の声を聞け』『今の自民党の全ての人に出番を作り、一体感を高めて欲しい』とアドバイスを頂きました。私にとっては一期生の時の総裁であり、当時のことを思い出しながら初心を思い返す時間になりました。ありがとうございました」と、写真とともに投稿した。
「少数与党と言われるが事実上、野党に近い」と主張する今の自民党の総裁を目指す立場や解決策のヒントを、16年前に野党自民党を率いた谷垣氏に重ねているのだろうと感じた。
進次郎氏は、当時谷垣氏が始めた、直接国民の声を聴く「なまごえプロジェクト」の再始動にも言及。「(政治家として)原点の野党時代を1期目に経験し、谷垣総裁の姿を見たことが(自分に)大きな影響を与えている。あの時の谷垣総裁のように『オレが、オレが』『自分が、自分が』ではなく、自分の思いを抑えてでも党内の一致結束に汗をかく。その姿があるから遠心力が働かず、『総裁も我慢している。おれたちも我慢しないといけない』となり、あの3年を乗り切った」と振り返った。
以前、自民党の関係者に「今の時代があるのは、谷垣さんが野党時代の総裁として踏ん張ってくれたからこそ」と聞いたことがある。総裁退任後、第2次安倍政権で党幹事長にも就任。趣味のサイクリング中の事故で身体が不自由になり、政界を引退し、表舞台に出る機会は減ったが、今もたびたび発言が伝えられる政治家だ。進次郎氏以外の総裁候補も今回、出馬あいさつに訪れている。
野党自民党当時、「なまごえプロジェクト」とともに、谷垣氏が提唱したのが「みんなでやろうぜ」。自身が出馬した総裁選で、党一丸を呼び掛けたキャッチフレーズだ。また、国民の支持を失い新たな支持層獲得が課題となる中、その発展系で「みんなで行こうZE(ぜ)」と題した社会科見学ツアーも生まれた。各議員が、地元で支援者とふれあう機会を持つのが目的だったが、初回のナビゲーター役を務めたのが、進次郎氏だった。
当時、初当選直後の新人議員だった進次郎氏は、「日本の安全保障を考える」をテーマに、選挙区にある海上自衛隊横須賀基地を、公募で選ばれた約50人に案内。50人の枠に約5200人が応募、競争率は104倍で参加者の多数が女性だった。ツアー自体はメディア非公開だったが、参加者全員で基地見学後、名物の海軍カレーも食べていた。
進次郎氏は見学後の取材に「『来てよかった』と言ってもらえたのが何よりうれしかった。自民党はもっと頑張れと、ありがたい言葉もいただいた」とした上で「今日だけで自民党を立て直せるほど、現実は甘くはない。本当に変わったと思われる、新たな方針が必要」だと訴えていた。
「みんなでやろうZE」はその後、当時まだ自民党議員だった小池百合子都知事が地元の東京・池袋を案内し、参加者とラーメンを食べる異色のツアーもあった。当時何度か取材したが、あの自民党が…と思うほど涙ぐましいまでの企画もあり、驚いた記憶がある。
そうした地道な活動を含めた3年あまりの野党時代を経て、自民党は2012年末に政権を奪還。「安倍1強」で野党の追随を許さない時代が続く中、おごりもたたったのか、再び国民から見放されかけている。
今、野党時代の3年3カ月を知る自民党議員は大勢ではなく、政権奪還後に初当選した議員も増えている。谷垣氏が訴えた言葉は、当時新人議員だった進次郎だからこそ刺さったのかもしれないが、「身体を張って党をまとめ、踏ん張らせた」といわれる「谷垣イズム」には、今回の総裁選のすべての候補が耳を傾けた方がいいのかもしれないと感じる。
「解党した方がいい」と辛辣(しんらつ)な声もある中、「解党的出直し」に向けた総裁選が幕を開ける。国民の声をきっちり受け止め、党内を「みんなでやろうぜ」とまとめられる総裁は、本当に誕生するのだろうか。【中山知子】(ニッカンスポーツ・コム/社会コラム「取材備忘録」)




