比類なき強さの裏側とは-。学習院大在学中に「日本中世史」を学んだルーキー下村琴葉(ことは)記者が、歴代スターホースの逸話を探る連載「名馬秘話ヒストリア」の第2話は“幻の3冠馬”アグネスタキオン。4戦4勝、すべての手綱をとった河内洋現調教師(67)にそのすごさを聞いた。

「けがさえなかったら」。アグネスタキオンの生涯を振り返れば、多くの人がこう口にするだろう。通算成績4戦4勝。皐月賞制覇の瞬間、レース実況に「まずは1冠」と言わしめた比類なき強さの裏側とは。22年前に時を戻そう。

4戦すべての手綱を取った河内洋騎手(現調教師)は、2戦目となった00年12月のラジオたんぱ杯3歳S(ホープフルSの前身)が一番印象深いという。のちのダービー馬ジャングルポケット(2着)、NHKマイルC馬クロフネ(3着)といった強敵をねじ伏せたのは、ずばぬけた瞬発力だ。直線は大外から加速し、2馬身半差。「2000メートルであの瞬発力を出せて、あの反応ができる馬はなかなかいない」と河内師は話す。

レース中は指示通りに動き、とにかく自在性があったタキオンだが、時々気難しい部分も見せていた。調教で坂路からコースへ出る際に、促しても全く動かない。「でも、助手に乗り替わると動く。人を見てたんだろうね(笑い)」。01年の皐月賞でもゲートの前でピタリと止まった。この時すぐに目隠しがされたのだが、これは事前に河内師がゲート前で止まったらすぐ目隠しをするように頼んでいたからだという。

3冠の期待を背負って迎えたダービー前の5月上旬、左前浅屈腱炎が判明し、種牡馬の道に進んだ。現役生活はわずか半年だったが、父としてダイワスカーレットやディープスカイなど数々のG1馬を輩出。血で歴史を紡げるのも競馬の魅力だ。現在、タキオンを母父馬に持つJRA現役馬は約240頭。彼がこの世を去っても、その強さはまだ見ぬ伝説の種となり、今を生き続けている。

◆アグネスタキオン 1998年4月13日生まれ。北海道千歳市・社台ファーム生産。父サンデーサイレンス、母アグネスフローラ(母の父ロイヤルスキー)。馬主は渡辺孝男氏。栗東・長浜博之厩舎所属。通算成績4戦4勝。重賞は00年ラジオたんぱ杯3歳S(G3)、01年弥生賞(G2)皐月賞(G1)の3勝。同世代にジャングルポケット、マンハッタンカフェ、クロフネ。主な産駒はダイワスカーレット、ディープスカイ、キャプテントゥーレ、レーヴディソール。

◆下村琴葉(しもむら・ことは)2000年(平12)、東京都生まれ。学習院大学卒。学生時代は日本中世史ゼミに所属し『吾妻鏡』を講読していた。趣味は野球観戦。“ウマ娘”がきっかけで競馬に興味を持った。今年4月に日刊スポーツ入社、5月にレース部配属。初予想のダービーを◎ドウデュースで大的中。馬のメンコを見るのが好き。