今年も今春に引退する調教師が語る「明日への伝言」を連載する。栗東の安田隆行調教師(70)は騎手、調教師を合わせて50年以上、競馬の世界に生きてきた。騎手としてはトウカイテイオーで91年ダービーを勝ち、調教師としては短距離王にして名種牡馬のロードカナロアを育てた。日本の競馬史に大きな足跡を残したホースマンだ。【取材・構成=岡本光男】
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騎手を23年、調教師として厩舎を開業して30年と50年以上、競馬の世界で生きてきました。それが3月3日の開催を最後に終わろうとしています。なにか不思議な気持ちですね。
生まれは京都の街中で、競馬と縁のない家庭に育ちました。ですが、子供の頃に両親が淀の公営住宅に応募し、当選したことによって運命が変わりました。せっかく近くに競馬場があるのだから観戦に行こうと、父親と京都競馬場へ行って、すっかり魅了されました。騎手になりたいと競馬場へ相談に行き、すぐに梶与三男調教師を紹介してもらい、この世界に入りました。
72年にデビューし、12勝して新人賞をとりました。ですが、2年目に障害戦で落馬し5日間も意識不明となりました。目を覚ました時「自分はここで何をしているのだろう、梶先生に怒られる」と焦ったのを覚えています。それでも半年後に復帰し、徐々に勝ち星を伸ばせました。騎手時代、私の主戦場は小倉で冬と夏の開催時にはずっと滞在していました。「小倉の安田」や「小倉男」と呼ばれたのはうれしかったですね。
騎手としての一番の思い出は、やはり91年にトウカイテイオーで皐月賞とダービーを勝ったことです。彼が私の人生を変えてくれたと思っています。94年に調教師になった時、「自分もトウカイテイオーのような馬を育てたい」と思ったものです。
調教師としては多くのG1馬に恵まれました。中でも思い出深いのは日本と香港でG1を6勝したロードカナロアです。13年にトウカイテイオーが亡くなった時、ふと気づきました。「カナロアこそ、自分のトウカイテイオーなのだ」と。
この年の暮れに引退レースの香港スプリントをぶっちぎって勝ってくれました。その勝利インタビューで「今後の夢は?」と聞かれ「ロードカナロアの子を香港へ連れてきて勝つことです」と答えました。20年に“息子”のダノンスマッシュが香港スプリントを勝ち、それが現実になった時は本当にうれしかったです。
この50年の間に日本の競馬は大きく発展し、日本馬は強くなりました。これからさらに発展してくれることが私の願いです。私自身は引退後、何をするか決めていませんが、まずは馬券を買いたいですね(笑い)。
◆今年は3月5日まで免許延長 現在の日本中央競馬会競馬施行規程第50条には「調教師の免許有効期間の満了日が木曜、金曜、土曜の時は満了日後の最初の火曜日まで延長する」とある。JRA広報によると、今年は2月29日が木曜のため、70歳で24年2月末に本来は定年引退となる安田隆師ら7調教師の免許は3月5日(火)まで延長される。そのため3月2、3日の土日が最後の開催となる。これにより福永祐一師ら8人の新規開業調教師の開業日は同6日(水)になる。
◆安田隆行(やすだ・たかゆき)1953年(昭28)3月5日生まれ。京都府出身。72年に騎手デビュー。94年に引退するまでJRA通算680勝を挙げた。G1は91年皐月賞とダービーをトウカイテイオーで勝利。94年に調教師免許を取得、95年開業。19年にはJRA62勝を挙げ、全国リーディングを獲得。22日現在、JRA通算965勝(うち重賞59勝)。優秀な短距離馬を多く育て「短距離王国」と呼ばれた。JRA・G1はロードカナロア、カレンチャン、トランセンドなどで14勝。香港スプリントはロードカナロア(2勝)とダノンスマッシュで3勝。安田翔伍調教師は次男。

