左拳にこもった1勝以上の思いとは。4月26日の京都4R障害4歳上未勝利で水沼元輝騎手(23=加藤和)が勝利し、ガッツポーズを見せた。その一戦は師匠と仰ぐ障害界の名手、石神深一騎手(43)の現役最終戦。「ケイバラプソディー ~楽しい競馬~」では桑原幹久記者が水沼騎手に後日談を取材した。
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師匠、ありがとうございました-。
ゴールの瞬間、水沼騎手が左拳を突き上げた。そのまま左後方を向く。1人の騎手を探した。戦前の約束があったから。
「一緒のレースに出る以上、本気で勝ちに行きます。全力で倒しに来てください。石神さんが最後に追い上げてきてくれるのを待っています」
師匠は伸びない。直線入り口で分かった。「石神さんからのバトンは自分が受け継ぎたい。その気持ちが証明できたと思います」。
転機は3年前。当時2年目の水沼騎手は障害への挑戦を模索。絶対王者オジュウチョウサンの主戦から「本気でやるなら俺が面倒を見る」と声をかけられた。
「正直それまであいさつをするくらい。怖そうな先輩だなと思っていました。でも、これ以上ない師匠ですし、教えてくださいとお願いしました」
翌日から基礎をたたき込まれた。全場の特性や「障害を飛び越えてくれないとレースにならない。怒ったり、褒めたりする機会が平地より増えるけど、馬の気持ちを第一に」と馬づくりも教わった。レース後は即反省会。ささいな質問も電話でぶつけ「嫌な顔一つせずに答えてくれました」。
24年5月。水沼騎手にスマートフォンの不正利用が発覚。約9カ月間の騎乗停止処分を受けた。引退もちらついた。それでも、手を差し伸べてくれた。
「ご飯に何度も連れていってくれて、石神さん自身の失敗談も含めて話をしてくれました。何度も『辞めちゃ駄目だ』と言ってくれて。それがあったから復帰できたので、人柄に助けられました。公私ともにお世話になりっぱなしですね(笑い)」
現役引退は発表前日、食事の席で直接聞いた。眠れなかった。自分に何ができるか。「最後は勝ち負けを争いたい」。恩返しだと思った。
勝利したスノーディーヴァは障害全4戦で水沼騎手が騎乗も、デビュー前は石神深騎手が調教を担当。都合で乗れず、回ってきた形。縁ある馬の上で、感情があふれ出た。
「周りには『当て付けか?』『空気読めよ』といじられました。石神さんにも怒られるかなと思いましたが『おめでとう』『最後にお前が勝ってうれしいよ』と言ってもらえて。本当にうれしかったです」
恩人は調教助手へ転身。立場は変わっても、関係性は変わらない。「石神さんの記録を目標に頑張って、肩を並べられるようになりたい。僕のレースはこれからも見てくれると思うので、これからもお世話になりながら成長していきたいです」。あの日突き上げた左手には、もう1つ意味がある。
師匠、これからもよろしくお願いします-。
【桑原幹久】(ニッカンスポーツ・コム/競馬コラム「ケイバ・ラプソディー~楽しい競馬~」)



