歴史的なホームランには必ず、打たれた相手がいる。9年前、初めて王貞治(現ソフトバンク球団会長)を超え、シーズン60本塁打をマークしたヤクルト・バレンティン。大砲と対峙(たいじ)した男たちの胸には、何があったのか。当時中日に所属していた谷繁元信氏(日刊スポーツ評論家)が「王超え」を遂げたヤクルト村上への思いとともに明かした。

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バレンティンが60本塁打を記録した13年シーズン。驚異的なペースで1発を量産する主砲に、捕手として対戦した。だが所属した中日は10本を打たれ、私もマスクをかぶった試合で53号を許した。

当時は「王さんの記録に迫ってきている」という思いが頭の片隅にあった。単純に外国人選手に抜かれてはいけないという考えではない。日本の野球人のプライドがかかっていると感じていた。

結果的にその重圧は、9月8日に53号を打たれた試合で終わった。その対戦が同シーズンの最後のヤクルト戦だったからだ。記録阻止と直接向き合う対戦機会もなくなり、ホッとしたことを覚えている。逆に他球団がどう勝負するかに内心、興味を持ったぐらいだ。

王さんはバレンティンが55号を達成した時に新記録へ「ここまで来たら勝負を避けることもないだろう」とコメントしていたのを目にした。これで他球団の選手は変に記録を意識せずに、普通に勝負しやすくなったと感じた。記録は破られるためにあるわけだし、壁を越えたら新たな壁を越えようとする選手が生まれてくるものだ。

バレンティンは来日当初は振り回していたが、同年は7、8割ぐらいのスイングでスタンドインさせるコツをつかんだように見えた。以前は長打を打とうとフォロースルーが大きくなり、捕手のヘルメットにバットが当たることもあり、私も殴られた痛い思い出がある(苦笑い)。

村上は逆にフルスイングに近い。だが意外とそうは見えないと思う人もいるのではないか。普通はマン振りすると強烈に回転した上半身にあおられて、下半身が崩れてフラつきがちになる。だが村上は強振しているのに体がブレない。体勢を崩されたホームランをあまり見たことがない。下半身が強靱(きょうじん)なのだろう。フルスイングしても下半身で受け止め、形が崩れない。

正直、55本や60本を打とうとする選手の打撃感覚は、その大台を超えた人にしか分からないだろう。王さんも50本を超えても、数字を追うことなく、いつも通りにスイングすることだけを心掛けていたと聞く。村上もその域にあるのだろう。 53号を放ってから9月中旬以降は決して調子は良くない。1発を欲しがっているというより、内角へ厳しく攻めてくる、という意識から腰の開きがわずかに早くなり、ポイントが前にずれている。どんな打者にも波はあるが、数カ月も打ちまくったことが逆にすごい。この波を乗り越えて、運んだ56号の価値が増した。(日刊スポーツ評論家)

ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、村上は右越えに56号ソロ本塁打を放つ。投手入江(撮影・浅見桂子)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、村上は右越えに56号ソロ本塁打を放つ。投手入江(撮影・浅見桂子)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、右越えに56号となるソロ本塁打を放ち力強くガッツポーズする村上(撮影・河田真司)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、右越えに56号となるソロ本塁打を放ち力強くガッツポーズする村上(撮影・河田真司)
7回裏ヤクルト無死、右越えに56号となるソロ本塁打を放った村上は渾身のガッツポーズ(撮影・河田真司)
7回裏ヤクルト無死、右越えに56号となるソロ本塁打を放った村上は渾身のガッツポーズ(撮影・河田真司)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、56号ソロ本塁打を放ち、ボードを手にファンから祝福される村上(撮影・狩俣裕三)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、56号ソロ本塁打を放ち、ボードを手にファンから祝福される村上(撮影・狩俣裕三)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、村上は右越えに56号ソロ本塁打を放ち笑顔で打球を見つめる。投手入江(撮影・浅見桂子)
ヤクルト対DeNA 7回裏ヤクルト無死、村上は右越えに56号ソロ本塁打を放ち笑顔で打球を見つめる。投手入江(撮影・浅見桂子)
7回裏ヤクルト無死、右越えに56号ソロ本塁打を放った村上はベンチに向かい確信のガッツポーズ(撮影・河田真司)
7回裏ヤクルト無死、右越えに56号ソロ本塁打を放った村上はベンチに向かい確信のガッツポーズ(撮影・河田真司)
【イラスト】シーズン50本塁打以上の選手一覧
【イラスト】シーズン50本塁打以上の選手一覧