このコラムは「現場発」という題名がついている。なるべく、現場でしか感じられないことにスポットを当てたいと思っている。テレビなどで伝わりにくいものに、球場の「熱量」がある。コロナ禍で、声を出して応援歌を歌うことは禁じられている。だが、熱いプレーは、どうしたって盛り上がる。プロ野球でめったに出ないものの1つに「三塁打」がある。10日現在、今季のセ・リーグの二塁打は955本、本塁打は598本出ているが、三塁打はわずか82本しかない。希少だからこそ、出そうになると盛り上がる。

東京ドームがどよめいたのは、8月29日のヤクルト-DeNA戦、0-0の5回表だった。1死からDeNAの9番打者、今永昇太投手(28)が左前打を放った。これを左翼手の青木が後ろにそらし、打球がフェンスまで転がった。全力疾走していた今永は、これを正面に見ながら二塁を回った。後逸後、素早くボールを捕りに行った青木からの返球もよく、今永は三塁にすべり込んだが、タッチアウトになった。ヘルメットを取って悔しがった。

DeNAの三塁打は今季11本しかない。しかも投手となると、14年の井納翔一を最後に7年間も出ていない。今永もヤクルト先発の原樹理も好投し、両軍無得点で迎えた中盤での出来事。今永と原は東都大学リーグ時代に入れ替え戦を戦ったライバルでもある。実に球場のボルテージが上がった瞬間だった。私は三塁側の記者席から今永の気迫あふれる走塁を真正面に見て、熱いものを感じていた。アウトにはなったが「珍しい、いいシーンを見た」と納得していた。

翌日、今永に激走について聞いた。「あそこは映像を見直しても行くべきではなかった。次の打者が桑原選手で3割打者ですし、上位に回ることを考えたら自重すべきだった。後で映像を見直して、反省しています。あそこは(三塁)コーチャーを見る場面ではなくて、自分で打球が見える方向なので、自分の判断というところ。青木選手が後ろにそらしたので『行かなければいけない』と(なってしまった)。そこをミスチョイスしてしまった。あれがセーフだったら好走塁ということではないと僕は思っている。あそこは二塁で止まらないといけない場面だった」。冷静に振り返っていた。

5回裏、今永は先頭の村上に、この試合初安打を許した。その後、四球と安打、併殺崩れで1点を失った。4回まで無失点だっただけに、5回表の激走が影響したのだろうかと心配になった。今永は明確に否定した。

「(影響は)特にないです。むしろ走ったことによって体も軽くなった。ひと汗出てきて、コンディション的にもよかったので。その回に点を取られると、あれが影響したかと必ず言われると思ったので、何とかゼロで抑えて帰ってこられればよかったですけど。結果としてその1点を取られて、それが決勝点で負けてしまったので」。

強がっているわけでない。今永は、虚勢を張るような性格ではない。むしろ逆に「僕なんか大した投手ではない」というタイプだ。プロ野球の投手は、あの1本の走塁で、息が上がるような練習量ではない。ましてや、普段の生活からさゆを飲むほど、意識の高さが半端ではない今永だ。通算2三塁打の三浦大輔監督も「そのへん(影響)は感じなかった。そのくらいで、どうこうなる選手じゃないと思う。普段からしっかりとトレーニングしているので。一生懸命やって、走ったから次のマウンドに影響が出る投手じゃない」と答えた。

否定されると分かっていたが、2人には、あえて聞いた。おそらく、プロ野球の現場にいて、キャンプや普段の練習を間近で見ていなければ「影響が出たんだろ。だから走らなければいいのに」なんていう、批判をするファンが現れると予想したからだ。今永は確かに「走るべきではなかった」と回答した。だが、理由は「次の回に影響するから」ではなく「次打者が3割打者で上位につながるから」だった。

そして今永は言葉を続けた。「それがあっても無難に抑えられる投手にならないと意味がないなと思う。自分のリズムでマウンドに上がらなかったとしても、しっかりと無難に抑えて帰ってこられる投球を身に付けるべきだと思う」。同じような機会が巡ってきたら三塁でセーフになって、次の回の投球は無失点で切り抜けることを希望する。そして、こう言ってほしい。「僕が以前残した言葉は証明できましたか」。今永の異名は「投げる哲学者」だ。【DeNA担当=斎藤直樹】