6月上旬、ヤクルトの石川雅規、西武の内海哲也の両ベテラン左腕が同じ時期に1軍に昇格し、交流戦で先発した。近年、野球界では速い球を投げられる投手が好まれ、貴重がられるが、昔から遅い球、いわゆる抜き球を操るたくさんの名投手がおられた。中日で活躍した山本昌らで、現在、そのタイプで代表的なのがこの2人である。

石川はヤクルト、内海は巨人のコーチ時代に関わった。いくつか共通点がある。ともに全ての持ち球のコントロールが良く、右打者の内角に真っすぐの見せ球を使って、外角にチェンジアップ、スクリュー系の抜き球を使って、打者を抑える。この点において、2人は「名人」の域に達したと言える。両ベテランの今を率直に記す。

6月10日、交流戦西武対DeNA 力投する西武先発の内海(撮影・浅見桂子)
6月10日、交流戦西武対DeNA 力投する西武先発の内海(撮影・浅見桂子)

内海は巨人戦とDeNA戦では、全く別人だった。巨人戦では軸の移動ができず、球離れが早く、コントロールも不安定。2戦目のDeNA戦では軸の移動もでき、ボールを長く持って、チェンジアップも低めに集まった。内角の制球力が上がればなおよしだが、ゆったりしたフォームで私の知る内海だった。

若干の変化ならば「修正した」となるが、1戦目と2戦目での劇的な変化から想像するに、古巣相手で余計に力んだのだろう。昔から、心技体と言われるが、ベテランでもメンタルが安定しなければ、ボールも乱れる。DeNA戦でも打たれたのは高めの失投。己を知って、己のピッチングをすれば負けない。

6月11日、交流戦ソフトバンク対ヤクルト 力投するヤクルト先発の石川(撮影・岩下翔太)
6月11日、交流戦ソフトバンク対ヤクルト 力投するヤクルト先発の石川(撮影・岩下翔太)

石川は、2戦ともに己の投球を貫いた。あれだけ体が動くこと自体、すごいのだが、絶好調のころに近いレベルで全球種を操った。入り球と決め球を自分の中で整理し、どの球でストライクを投げ、どの球で仕留めるのか。「逆算」の理論でゲームを支配した。投手はメンタル、コントロールを安定させることが大事なのだと再認識した。

両ベテランの活躍で、遅い球を操る投手の価値が、再び上がってくるのではないだろうか。ただ、勘違いしてはいけない点が1つある。

内角の直球はもちろん、チェンジアップ、スクリューの抜き球を投げる時にボールを置きにいかないことだ。過去に、抜き球の名人と言われた人はどの球種よりも腕の振り込み、いわゆるインパクトのヘッドの走りが速かった。この振り込みをマスターするには、下半身の安定と特に腰、骨盤の回転の安定に尽きる。

小谷正勝氏(19年1月撮影)
小谷正勝氏(19年1月撮影)

これらは頭の中で分かっていても、実践するのは非常に難しい。ヤクルトの1軍投手コーチを務めたころ、抜き球の名人だったのが抑えの高津臣吾(現ヤクルト監督)だった。最大の武器は真っすぐのコントロールとシンカーで、下手投げでありながら、右打者よりも左打者を打ち取ることに優れた投手だった。

当時、他球団のコーチから、高津のシンカーの投げ方について、度々聞かれた。私自身はわからないので、高津本人に話ができるかを確認をしたら、「いいですよ」と快諾した上で「でも、いくら話をしても同じ球は投げられませんよ」と言った。要するに、大事なのは自分の中の感覚、コツなのだ。(つづく)

◆小谷正勝(こたに・ただかつ)1945年(昭20)兵庫・明石市生まれ。国学院大から67年ドラフト1位で大洋入団。通算10年で24勝27敗。79年からコーチ業に専念。11年まで在京セ・リーグ3球団で投手コーチを務め、13年からロッテで指導。17年から19年まで再び巨人でコーチを務めた。