第92回選抜高校野球大会(3月19日開幕、甲子園)の選考会が24日、大阪市内で開かれ、出場32校が決定した。5年ぶり29回目のセンバツ切符を手に入れた県岐阜商が、17日に78歳で急逝した、OBで中日元監督の高木守道氏(享年78)に追悼星を捧げる。24日、岐阜市内の同校で吉報を受けた鍛治舎巧監督(68)は「出るからには5つ勝ち上がり、御霊前にいい報告がしたい」と偉大なOBに1940年から遠ざかる日本一を届けることを誓った。

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母校に戻り、2年目で甲子園切符を手にした鍛治舎監督は目標が日本一であることを隠そうとはしなかった。「できれば5つ勝ち上がって、戦後初の優勝を勝ち取りたいと考えています」と80年ぶりとなる春4度目の頂点を目指すことを宣言した。

名門復活、新生県岐阜商の姿を甲子園で披露する。その意をさらに強くしたのには理由がある。同校OBで球界を代表する二塁手として活躍し、中日で2度の監督も務めた高木守道氏が先週17日に78歳で急逝した。鍛治舎監督は「残念です。監督就任以降、接点はなかったのですが、社会人時代にはプロアマの会議などでお会いした。大先輩にもかかわらずフランクに接していただいた。なんとか御霊前にいい報告がしたい」と強い決意を改めて示した。

タブーなき改革を続けるチーム作りに手応えを感じている。18年3月に母校監督に就任以来、数々の改革に挑んでいる。伝統のユニホームを一新したのもそのひとつ。練習方法も「スピード感のなかった」(同監督)アップから変え、フリー打撃も3カ所から5カ所に増やした。

昨年11月からはセンバツ本番を見据えた「120日計画」を立ち上げた。実戦を多く採り入れ、年末年始には宮崎合宿も行った。「3月にピークに持っていけるチームはいいが、うちは学業の関係で難しい。早い時期にチーム状態を1度、ピークに持っていきたかった」と理由を明かした。

140キロ台の投手を5人擁するのも大きな武器だ。今春から導入される球数制限も「ウチは無理はしてもむちゃはしない。影響はない」と5投手でのやりくりに自信を見せた。鍛治舎監督の日本一奪取計画には根拠があった。

140キロ超投手陣の1人で三塁手も兼ねる佐々木泰主将(2年)も思いは同じだ。「ドラゴンズファンで高木さんが監督をされているとき、ナゴヤドームに応援にいったこともあります。偉大な先輩と同じ舞台で戦える。優勝を目指します」。レジェンドOBへの追悼と日本一を目標に掲げた。【安藤宏樹】

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◆鍛治舎巧(かじしゃ・たくみ)1951年(昭26)5月2日、岐阜県生まれ。県岐阜商3年時の69年センバツでセンバツ甲子園通算100号。早大では東京6大学通算800号本塁打を記録。松下電器(現パナソニック)に入社、引退後は監督も務めた。14年4月に熊本・秀岳館監督に就任、16年春から3季連続で甲子園4強。18年3月から県岐阜商監督。

◆球数制限導入 日本高野連は今春から、センバツ大会を含むすべての公式戦で球数制限と申告敬遠を採用する。投球制限は1週間で1人の投手が投球できる総数を500球以内とし、ノーゲームになった試合もカウント。申告敬遠は、申告すれば投球せず故意四球にできる。