中日谷繁元信兼任監督(44)が、史上2人目の通算3000試合出場を達成した。巨人戦に「8番捕手」で今季初スタメン。メモリアルとなった試合は、自軍の守備の乱れなどで悔しい黒星を喫した。チームは敵地で全5カード負け越し。勝率5割となってしまった。

 G党も立ち上がり、歓声と拍手を注いだ。5回終了後、高橋由から花束を受け取った「谷繁捕手」は笑顔で深々と頭を下げた。

 節目に、今季初の先発マスクを決断した。8回まで守り続け、必死にリードしたが白星はつかめなかった。試合後、穏やかな表情で思いを語った。兼任監督だからこそ分かる、記録の重み、そして誇りだ。

 「無駄な試合や、何でもない試合なんていうのは1つもないと、全プロ野球選手に伝えたい。監督の仕事をやり始めてから、さらに思うようになった。その選手を出しているということはベンチが必要としているから。その積み重ねでここまで来たのだと思う」

 島根・江の川(現石見智翠館)から88年ドラフト1位で大洋(現DeNA)に入団。1年目から80試合に出場した。02年に中日にFA移籍。27年かけて史上2人目の境地にたどり着いた。2球団でリーグ優勝5度。球史に残る足跡だ。

 強い肉体が大記録の支えだったが、今年は苦しかった。21年続けてきた開幕マスクを17歳下の松井雅に譲った。右肩など体調が上がらない。体力の限界が迫っていることを実感した。自分が必要と感じた場面でも長丁場を見据えて“パンク”を避け、我慢してベンチに残ることもあった。

 4月に入り体調は上向いてきた。出場ペースは上がりそうだ。野村克也氏の通算3017試合の日本記録も目前。「若い捕手ががんばっているけど(経験を)積み重ねる中で少し間をおいた方がいいんじゃないかと」。兼任2年目。監督として自分を含めた3捕手の力量を冷静に見つめる。

 バルデスの失投、守備の乱れと、捕手として悔しい敗戦だった。対戦2回りが終わり、ホームと対照的にビジターは5カードすべて負け越し。勝率5割。「必要」とされ続けるために44歳は前進を続ける。【柏原誠】

 ▼通算3000試合出場=谷繁(中日) 30日の巨人6回戦(東京ドーム)に先発出場して達成。野村克也(3017試合)に次ぐプロ野球2人目。初出場は大洋時代の89年4月11日の広島1回戦(横浜)。