巨人が20年以来4年ぶりのリーグ優勝を決めた。
就任1年目の阿部慎之助監督(45)は、「新風」をスローガンにチームに新しい風を吹き込んだ。新人監督のVは22人目で、球団では02年原監督以来6人目。また、捕手出身監督の優勝は7人目で、セ・リーグではヤクルトを4度優勝に導いた野村監督以来2人目となった。
3月29日の開幕戦で、昨季リーグ覇者の阪神から勝利してスタートを切った。試合後は「この1試合に勝つためだけにやっていないので」とピシャリ。3月31日阪神戦で得点圏で決定打を欠き、0-5で完封負けで今季初黒星を喫した際には「タラレバを言たら、俺らの下手なゴルフと一緒になっちゃうから」と言った。
4月2日の中日戦では、犠打失敗が相次いでサヨナラ負けし「最後は野球の神様が怒ったんじゃないかな」。自己犠牲とチームプレーを重んじ、バントや走塁を徹底させた。また、投手には「困ったらど真ん中に投げろ」と、ゾーン内での勝負を要求。逃げ腰の投球は厳しく指摘した。
同時に、シーズンを通して高いモチベーションをキープさせるための“コミュ力”も光った。4月16日からの阪神、広島と敵地の6連戦で3敗3分けも「敵地の引き分けって勝ちに等しいと思う。3勝3敗だと思って帰ろうかなと思います」と前を向き、4月29日ヤクルト戦で9失点完封負けも「9点とられたからって2敗するわけじゃない。1-0も9-0も負けは一緒」と切り替えを求めた。
現役時代から巨人一筋の生え抜きで、引退後も2軍監督、1軍コーチとユニホームを着続けてきた。17年8月に通算2000安打を達成した場所も広島だった。当時は「広島なので辛いつけ麺を食べたい」と話していた。この日は全身でリーグ制覇の美酒を浴びる。【為田聡史】
◆阿部慎之助(あべ・しんのすけ)1979年(昭54)3月20日生まれ、千葉県浦安市出身。安田学園-中大を経て、00年ドラフト1位で巨人入団。04年4月に当時の日本記録に並ぶ月間16本塁打。09年日本シリーズMVP。12年は首位打者、打点王、最高出塁率に輝き、MVP、正力松太郎賞。17年に通算2000安打。19年現役引退。通算2282試合、2132安打、406本塁打、1285打点、打率2割8分4厘。ベストナイン9度、ゴールデングラブ賞4度。20年から2軍監督。22年から1軍コーチを務め、今季1軍監督に就任。00年シドニー五輪、08年北京五輪、09、13年WBCで日本代表。180センチ、88キロ。右投げ左打ち。
◆巨人球団史 日本初のプロ球団として1934年(昭9)12月に創設された大日本東京野球倶楽部が前身。当時、読売新聞の正力松太郎社長が招いた大リーグ選抜と対戦した全日本チーム(沢村栄治、水原茂、三原脩、中島治康ら)を母体とし、翌35年に東京巨人軍と改称。02年に読売巨人軍と改めた。プロ野球の公式戦がスタートした36年秋に初優勝し、1リーグ時代に9度優勝。セ・リーグ優勝は川上監督時代に王貞治、長嶋茂雄のON砲を擁して達成した9連覇(65~73年)など今回で39度目。日本シリーズ優勝22度。オーナーは山口寿一氏。



