プロレスの月曜日

全日本の至宝 多くのスターを生み出した3冠ヘビー

新型コロナウイルス感染拡大の影響でプロレス興行は止まり、各団体のトップ戦線は、ほぼ休戦状態にある。この機にプロレス界の主要ベルトの歴史をひもとき、その価値をあらためて探る。第2回は全日本プロレスの3冠ヘビー級王座。

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◆創設 インターナショナル、UN、PWFという由緒ある3本のヘビー級ベルトを統合して創設されたもの。最強を決めようと機運が高まる中、89年4月18日、大田区体育館大会でインター王者ジャンボ鶴田が、UN、PWF両王者スタン・ハンセンを下し、初代王者となる。3冠戦は天龍と鶴田の鶴龍対決や90年代の三沢、小橋、川田、田上らによる四天王プロレスなど時代ごとに名勝負、スターを生み出していった。

89年4月18日、初の3冠統一を果たしたジャンボ鶴田は両肩にベルトを掲げる
89年4月18日、初の3冠統一を果たしたジャンボ鶴田は両肩にベルトを掲げる

◆ベルト統合 3冠ヘビー級王座が定められてから24年4カ月となった13年10月、老朽化により1本に改められ、3本のベルトはジャイアント馬場の遺族に返還された。3本をかけた最後のタイトル戦は王者諏訪魔対挑戦者潮崎豪で、諏訪魔が防衛した。19年2月19日に両国国技館で行われたジャイアント馬場没20年追善興行では当時の3冠王者宮原健斗が馬場家から借りた旧ベルト3本を体に巻いて登場した。

◆最年長戴冠 第29代王者天龍源一郎の52歳2カ月。02年4月13日全日本武道館大会で、王者川田が負傷返上で空位になっていた王座を武藤敬司と争い、垂直落下式ブレーンバスターで勝利した。前年01年に天龍は新日本所属だった武藤に敗れ、王座を流出させていた。武藤は02年に全日本に電撃移籍したが、天龍は1年前の借りをきっちり返した。

02年4月13日の全日本武道館大会で武藤敬司にパワーボムを見舞う天龍源一郎。最年長戴冠となった
02年4月13日の全日本武道館大会で武藤敬司にパワーボムを見舞う天龍源一郎。最年長戴冠となった

◆最年少戴冠 第55代王者宮原健斗の26歳11カ月。16年2月12日後楽園ホール。宮原はゼウスとの王座決定戦でジャーマンスープレックスホールドを決め、勝利。「小さい頃からの夢をつかめた。俺たちの世代で新しい輝きを作っていく」と決意を語った。宮原はその後、57、60、62代と4度戴冠。「最高ですかー」の決めぜりふとともに宮原時代を構築し、62代時代には川田と並ぶ最多V10を達成した。

宮原健斗は16年2月に最年少戴冠、20年2月には最多タイの10度目の防衛に成功
宮原健斗は16年2月に最年少戴冠、20年2月には最多タイの10度目の防衛に成功

◆唯一の4冠同時戴冠 第33代小島聡が達成。05年2月16日代々木体育館大会で、小島聡が川田を破り初戴冠。そのわずか4日後の2月20日両国国技館大会で、新日本のIWGPヘビー級王者で元パートナーの天山広吉と両タイトルをかけて対戦し、59分49秒でKO勝ち。初の4冠王者となり、「オレみたいなサラリーマン上がりのレスラーが、4本のベルトをつかんだ。たくさんの人に夢、希望、元気を与えられればいい」とコメントした。「試合後にはIWGPベルトを投げ捨てて、花道に向かった。追いかけてきた中邑ら新日本勢に向かってまくし立てた。『よく聞け。オレは元新日本じゃない。全日本の小島だ』」(翌日本紙から)。その後、陥落するまでIWGPのベルトは巻かなかった。

05年2月の新日本両国大会で、天山広吉(左)に強烈なローリングエルボーをぶち込む小島。初の4冠王者となった
05年2月の新日本両国大会で、天山広吉(左)に強烈なローリングエルボーをぶち込む小島。初の4冠王者となった

◆最多戴冠 諏訪魔の7回(37、43、46、49、54、58、63)。20年3月23日、後楽園大会で王者宮原健斗を破り、2年5カ月ぶり7度目の返り咲きを果たした。史上最多11度防衛をかけた宮原と最多記録更新をかけた諏訪魔の戦いは30分超の大熱戦となり、諏訪魔がドロップキックから岩石落とし固めに持ち込み勝利した。感染防止のため、1200人超の観客がマスクをする異様な雰囲気の中での試合となったが、諏訪魔は「気持ちは今日が一番最高だったんじゃないかな」と喜びをかみしめた。初防衛戦は未定だが、無観客テレビマッチでの王者諏訪魔の動きに注目だ。

3本のベルトをかけた最後のタイトル戦は王者諏訪魔が防衛
3本のベルトをかけた最後のタイトル戦は王者諏訪魔が防衛

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