1度だけ本音を聞いた気がする。12年の巡業中で、東日本大震災の翌年でもあり相撲人気が下火の時期だった。どんな会話の流れだったかも忘れたが、白鵬が「モンゴルに帰っちゃおうかと思ってるんだよね」と漏らしたことがあった。

10年に野球賭博問題が発覚した際は、力士を集めて謝罪会見し先頭に立たざるをえなかった。相撲協会の看板として当然という意見の他に、矢面に立たされた一人横綱に同情的な意見があったのも事実だ。あの言葉には、土俵外のことで翻弄(ほんろう)されることに嫌気が差したのかもしれない。本気だったのか、冗談だったのか、真意は聞けずじまいで12年いっぱいで担当を外れてしまったのが心残りだった。

00年に来日し、ただ1人だけ帰国前日まで所属先が決まらず、航空券を手に大粒の涙を流した。ここ数年は横綱らしからぬ言動で批判を浴びたが、常に白鵬の心底には、この涙とともに初心があった。

全勝優勝を成し遂げた今年の名古屋場所。場所中に、新十両時代のまわしをつけようとした。えんじ色のもので、初心にかえるつもりだった。新十両の時はまだ細身。5、6周まいてやっと締め込みらしくなった当時を思い出した。しかし、寸法を間違えて切りすぎてしまい、えんじ色のまわしは実現しなかった。名古屋場所千秋楽は、全勝優勝を決めた後に、土俵上で雄たけびを上げた。白鵬自身は周囲に、声を上げた記憶さえないと漏らしたという。

近年の態度は褒められたものではない。ただ、白鵬自身は初心にかえろうとあがき、相撲と向き合ってきた。大相撲が苦境の11年、12年も大黒柱として支えた存在が横綱白鵬だったことは忘れたくない。【11、12年相撲担当=高橋悟史】