戦後4年目から東京オリンピック(五輪)の64年までの15年間。冷戦下のヨーロッパを舞台に1組の男女が繰り広げるあまりに劇的なラブストーリーである。ウソのような波瀾(はらん)万丈が、史実がちりばめられた背景と随所に垣間見える心のヒダのあるある感でリアルに迫ってくる。大ロマンス的作品には、年齢的にも引いてしまうことが少なくないのだが、今回はひりひりと心を揺さぶられた。

28日公開の「COLD WAR あの歌、2つの心」のメガホンは「イーダ」(13年)のパヴェウ・パヴリコフスキ監督。母国ポーランドを起点にした作品で、前作に続くヨアンナ・クーリク、同国の人気俳優トマシュ・コットを主演コンビにすえている。時代を反映するようなモノクロ映像が2人の表情の陰影をクリアに映し、喜怒哀楽が分かりやすい。

コット演じるヴィクトルは国立舞踏団のピアニスト。団員オーディションにやってきたエネルギッシュな少女ズーラ(クーリク)に心ひかれる。

時を置かずして2人は恋人となるが、ヴィクトルはソ連の傀儡(かいらい)政権化が進むポーランドで、舞踏団をプロパガンダに利用する流れに不満を募らせている。一方のズーラは輝く個性で幹部の覚えもめでたく、舞台の中央に立つようになる。

ある日、ズーラはヴィクトルの言動について幹部に密告していると打ち明ける。過去の弱みを握られて仕方がないのだ、と。打ち明けたのは揺るぎない愛情があるからなのか。

早くも2人の間には政治、そして音楽と仕事の立ち位置という「障壁」が立ち上がる。西側音楽への思いが断ちきれないヴィクトルは東ベルリンの公演後に西側へ亡命するが、待ち合わせ場所にズーラは来なかった。

5年後、作曲を続けながらパリのクラブでジャズ・ピアニストとして演奏していたヴィクトルは、舞踏団のツアーでやって来たズーラと再会する。「私が未熟だから無理だと思った」と東ベルリンで待ち合わせ場所に行かなかった正直な思いを明かしたズーラをヴィクトルは抱きしめる。

以降、2人はユーゴスラビア、再びパリ、そしてポーランドと、別れと劇的再会を繰り返す。パリ時代の2人には一見、障害がない。が、自由な環境を満喫しているかのように見えたズーラは、実は華美な音楽仲間にへきへきしていた。

「愛があれば」のきれい事では済まされない。環境がじわじわと心をむしばむ描写に奥行きがある。終盤はこう来るのかという展開で再び愛の深さを印象付ける。

2人の役名はパヴリコフスキ監督の両親の名だ。ベルリンの壁崩壊の直前の89年に亡くなった2人は、「鉄のカーテン」の両側で40年間にわたり別離と再会を繰り返したそうだ。「2人とも強くて、素晴らしい人たちでしたが、夫婦としてはとにかくどうしようもなかった」と監督は振り返っている。

要は監督自身の「ファミリー・ストーリー」が下敷きになっているのだ。2人が魅力たっぷりで、信じられないような展開にリアリティーがあったのもうなずける。【相原斎】(ニッカンスポーツ・コム/芸能コラム「映画な生活」)