第51回衆院選が1月27日に公示され、2月8日の投開票に向けて、選挙戦が始まった。自民党総裁の高市早苗首相が目指す、与党の過半数獲得なるかが最大の焦点となる。

選挙に絡んだ歌は、投票を促すもの、政党のPR的なものなど数々ある。

その最古の1つとも言えるのが大正時代に歌われた「デモクラシー節」だ。

第1次世界大戦が起きた1910年代から、政治や社会、文化など各分野で、国民が権利を求めて声を上げる民主主義的な運動が起こった。「大正デモクラシー」である。

政治では、「普通選挙」(年齢以外に制限がない選挙)を求める運動が盛んになっていた。当時の選挙権は「一定額以上の直接税を納めている25歳以上の男子」のみに与えられていた。「国家運営には税金が必要」という、いわゆる「制限選挙」だった。

そんな中で、「デモクラシー節」が流行した。演歌師の倉持愚禅(ぐぜん)が作詞した歌詞を、兵庫・丹波篠山が発祥の民謡で学生歌の「デカンショ節」の旋律に乗せて歌われた。歌詞は何番もあった。

♪労働神聖と口では褒めて ※コリャコリャ おらに選挙権何故くれぬ ヨーイヨーイ デモクラシー

♪稲は誰(た)が刈る 木は誰がきこる ※以下同じ

♪石炭掘りゃこそ機械が動く ※

♪血潮流して連隊旗とれた ※

♪軍艦たたいて進水させた ※

♪汗から絞らぬ租税があるか ※

♪万機公論とのたまうじゃないか ※

万機公論とは明治政府の「五箇条の御誓文」の第1条「広く会議を興し、万機公論に決すべし」(政治は世論に従って決定すべきの意味)のこと。

農民、商人、林業・炭鉱・工場労働者、兵士ら国民のほとんどすべてが、選挙権を熱望していたのだ。

政府は第1次世界大戦が「国家総動員の戦争」だったことから、国民の協力なくしては戦争を遂行できないと判断。

「普通選挙運動」の高まりもあり、わずか数%にしか与えられていなかった選挙権を、1925年(大14)に「25歳以上の男子全員」に認めた。

まだ男尊女卑の時代で女性に参政権は認められなかったが、28年(昭3)の第16回衆院選で、初の普通選挙が行われた(女性に参政権が認められたのは太平洋戦争後の45年)。

それから35回目の衆院選である。

♪おらに選挙権何故くれぬ ヨーイヨーイ デモクラシー

選挙権を熱望した先人たちの思いを考えれば、当たり前に与えられている1票の権利を、大切にしなければならない。【笹森文彦】