宮川花子「大助を見送るまで絶対生きる」一問一答2

6月から体調不良で休演が続いていた漫才師、宮川花子(65)が11日、大阪市内で会見し、多発性骨髄腫で闘病中であることを明かした。奈良県内の病院で入院加療を続けながらも、本格的なリハビリに入っている近況も報告した。

(以下、一問一答)

   ◇   ◇   ◇

-余命半年と言われたのは

18年3月19日。

-どう受け止めた

秋かと思った。大助にとりあえず知られたくなかった。でもそれはすぐ消えました。次の日に先生のところに行って、多発じゃなかったって、ものすごい安心した。ここさえ治したらっていう。劇場の帰りに放射線科に行って、歯医者さん行くみたいな、風邪薬をもらう感じで、放射線科に通ってた。周りは全然知りませんよ。

-どういう病気と理解してたのか

最初は整形の先生だったんです。血液内科の先生で若かった。だいたい病気って、ガンでも最後は背骨にくるとか言ってて、2カ所きてたので、先生にとったら他から転移してると思って、先生が「いろいろあるけど治療するより」ってポツっとつぶやいた。とりあえず精密検査ってことで、次の日行って先生にお会いして、ここだけだと。あとにはきてないって。で、すぐ放射線治療をしました。大阪の病院、クリニック、奈良医大の先生が主治医ですので、ものすごい連携をとってもらった。

-大助に思うこと

ずっと病院に来てくれて、看護師さんも「優しいな。テレビで見る以上に優しい旦那さんやな」って。私のベッドの周りはサンタクロースのお菓子でいっぱい。小児病棟のように。孫やないのに、ものすごいかわいい人形とか買ってきてくれて。今回、自分で思ったことは、結婚するときにどんな人と一緒になるかやなくて、最後を誰と迎えるか。夫がいつも来てくれて、結婚して40何年間変わらない愛情を私に注いでくれたことで、もしも最後を誰と迎えられるかというのがあるんだったら、私はいつお迎えきても幸せやと思う。今回の病気も治療した人の半分は8年間寿命があると聞いた。8年かと言ってたら、大助が「そんなこと言わんといてくれ。オレは見送るのはイヤや。見送ってほしい」と。私は大助を見送るまで絶対に生きておこうと思いました。彼に対しての嫁の最後にささげられる愛情かな。

-復帰はまだ決まってない

復帰したいですね。やっぱりお笑いの殿堂NGK(なんばグランド花月)ですね。お客さんがすべて教えてくださると思うので。そしてやっぱりちゃんとした舞台をしたいので。今は漫才のことを想像できないです。

-退院のメドは

まだです。ちゃんと歩けるようになったらって思ってます。歩けるっていうか、車いすに自分で乗れるようになったら。以前に大助と20年のオリンピックの年にこっそり漫才やめようなって言ってて、紫綬褒章いただいて「そうはいかんな、まだ頑張らなあかんな」って言ってたんです。けど、もしものことがあったら2020年を迎えられへんかったかもしれん。もっともっと貪欲に生きなあかんなと。

-いつ復帰したい

リハビリやってたら半年で歩けるようになると言われてるので、慌てず、焦らず、諦めず。