78歳になった角川春樹氏が「撮影は毎日が楽しかった。生涯で一番かもしれない」と振り返った。最後の監督作品と公言する「みをつくし料理帖」(10月16日公開)のことだ。

松本穂香(23)奈緒(25)という若手女優2人をメインキャストに迎え、江戸時代の人情物語を題材にした作品だ。先日行われたイベントでは若い2人に緊張感はあったが、石坂浩二、浅野温子、それに薬師丸ひろ子、渡辺典子と角川映画ゆかりの面々が出演して、撮影現場は和気あいあいの雰囲気となったようだ。

76年のプロデュース作品「犬神家の一族」を皮切りにした角川映画は、80年代にかけて映画界の台風の目だった。ヒットを連発し、良くもあしくも話題を振りまき続けた。角川氏は「よく『一丸となった映画作り』と言われたけど、それはほとんどウソ」と振り返り、「今回はそれに最も近いまれな例」と続けた。確かに全盛期の撮影現場にはいろんな意味で緊張感があった。

トラブルをそのまま話題作りにつなげてしまうような強引なところもあった。初監督作品の「汚れた英雄」(82年)では、「レースを実感するために」自らレース用バイクを疾走させて転倒。顔面に大けがをした。事故の数日後に現場を訪れるとマスク姿で復帰した角川氏がいた。

おそるおそる声を掛けると、サングラスを取った目はまだ充血しており、「大丈夫だよ」と言いながらマスクを外すと、ほおには傷痕ざっくりと生々しかったが、そのまま写真撮影に笑顔で応じた。修羅場を楽しんでいるようなところがあった。最後の監督作品で感じた「楽しさ」はこれとは種類が違うものだろう。

撮影を前にした昨年の会見では、元歌手の明日香夫人(31)との間にもうけた7歳男子の話にほおを緩めた。「小学校の父親の会を始め、息子にまつわるあらゆる行事に参加してます」と話した。

かつての「映画界の風雲児」は、今やすっかり好々爺(や)である。最後の作品に得意種目だったアクションやサスペンスではなく、人情ものを選んだのもそんな変化の表れだろう。

ともあれ、毀誉褒貶(きよほうへん)あった角川氏の「最後の1本」に注目したい。