<1>02年シンボリクリスエス
青葉賞では武豊騎手と初めてコンビを組み、1番人気に応えて重賞初挑戦、初制覇。中団追走から上がり最速で差し切って、2着バンブーユベントスに2馬身半差で快勝した。
続くダービーは、その武豊騎手が乗ったタニノギムレットの2着に敗れたが、秋は菊花賞に向かわず、古馬が相手の天皇賞・秋に挑戦してG1初制覇。ジャパンC3着を挟んで、有馬記念も勝利した。
翌年も天皇賞・秋、有馬記念を優勝し、史上初のダブル連覇。ラストレースとなったその有馬記念は9馬身差の圧勝劇だった。鞍上はペリエ騎手。
02、03年と2年連続でJRA賞年度代表馬に輝いた。
<2>03年ゼンノロブロイ
デビュー4戦目で青葉賞を快勝。横山典騎手を背に、好位から1馬身4分の1差抜け出して、1番人気に応えた。
続くダービーはネオユニヴァースの2着。秋は初戦の神戸新聞杯を勝ったものの、菊花賞は4着に敗れ、その後も勝ちきれないレースが続いた。
開花したのは翌04年の秋。菊花賞以来のコンビとなったペリエ騎手を背に天皇賞・秋で念願のG1初制覇を果たすと、ジャパンC、有馬記念と古馬王道路線で3連勝。この年の年度代表馬に選出された。
<3>12年フェノーメノ
デビュー4戦目の弥生賞で6着に敗れ、次走で青葉賞へ。蛯名騎手を背に、中団から2馬身半差突き抜けて、重賞初制覇を決めた。
続くダービーは、先に抜けたディープブリランテを猛追したものの、わずか鼻差で2着惜敗。秋は古馬を相手に勝利はつかめなかったが、天皇賞・秋2着、有馬記念5着と健闘した。
待望の時は淀の長丁場で訪れる。13年春の天皇賞でG1初制覇。翌年も春の盾をつかみ、史上3頭目(当時)の天皇賞・春連覇を果たした。






