怪物と豪腕が演じた涙の物語-。歴史的な一戦の裏側に迫る連載「G1ヒストリア」。今回は89年マイルCSを振り返る。超アイドルホース、オグリキャップが残した伝説レースの1つだ。武豊騎手&バンブーメモリーをゴール寸前で差し切り勝ち。鼻差の激闘後に流した涙の理由を、今年2月に調教師を引退した当時の鞍上・南井克巳氏(70)が明かした。
大観衆の姿が、ぼやけて見えた。枯れた淀のターフで、インタビュアーに「涙ですか?」と聞かれた南井騎手はグスン、とはなをすすり「前に負けてますからね…。今日も負けたような感じがしたんですけどね。勝てて良かったです」と泣き笑いの顔で答えた-。
競馬史に残る感動シーンが生まれたのは平成元年、1989年の11月19日。前年春に笠松から移籍して、猛烈な競馬ブームを巻き起こしたオグリキャップが迎えた中央13戦目だった。単勝1・3倍。アイドルホースの手綱を4戦連続で取った鞍上は、スタートからうながしつつ6番手につける。しかし、4角手前で手応えが怪しくなり、武豊を背にしたバンブーメモリーに外から抜け出された。内に進路を取って必死に追うオグリ。残り200メートルで約2馬身差。万事休すかと思われた。が、そこから芦毛の怪物が目を覚ます。1完歩ずつ差をつめ、鼻差かわしたところがゴールだった。
あれから34年。2月に調教師を引退した南井氏は「泣いたでしょ。あの時は、ほんとに泣いたよ」と打ち明け、回想を続けた。
南井氏 4コーナーで手応えがなくなって。いやあ、まずいなって。あぁ、負けたかなって思った時に、また内から差し返したから。ほんとに救われたなって思った。俺の人生、ね。負けてたら、何を言われたか…。やっぱり、この馬に救われたなって。勝ってくれたから、涙が出たの。
涙腺が緩む「伏線」もあった。その3週前に行われた天皇賞・秋だ。前哨戦のオールカマーと毎日王冠を連勝した「南井オグリ」は、単勝1・9倍に推されていた。「具合が良かったの。天皇賞も楽勝って、思っていた」。だが、4角から直線へと向いたところで、進路が狭くなる。各人馬の激しい攻防によって生じた勝負のあや。外に切り替え猛然と追い上げるもわずかに届かず、スーパークリークの首差2着に惜敗した。
南井氏 勝負だから、しょうがないんだけどね。もう少し早くいけば良かったかなって、分かんないけどね。ちょっと我慢したの。そのあとに、行き場を失っちゃって。
ぶつけようのない悔しさを抱え、背水の覚悟で臨んでいたマイルCS。そこでも窮地に陥りながら、完結させた大逆転劇。レース後、真っ先に出た「前に負けてますからね」という涙声には、絶対に負けられなかった思いが凝縮されていた。タマモクロス、ナリタブライアン、サイレンススズカ…数多くの名馬にまたがった“豪腕”にとっても、忘れられない涙のドラマだった。【木村有三】
◆南井克巳(みない・かつみ)1953年(昭28)1月17日、愛知県出身。71年に騎手デビューし、28年間の現役生活で通算1527勝。ナリタブライアンでの3冠制覇をはじめG1級16勝、重賞77勝を挙げた。00年に調教師となり、同年ウイングアローのJCダートなど重賞13勝、通算446勝。今年2月に定年のため引退。
◆オグリキャップ 1985年(昭60)3月27日、北海道三石町(現新ひだか町)生まれ。生産者・稲葉不奈男。父ダンシングキャップ、母ホワイトナルビー(シルバーシャーク)。87年に笠松でデビューして12戦10勝、88年に中央に移籍、栗東・瀬戸口厩舎所属で20戦12勝(すべて重賞でうちG1・4勝=88年有馬記念、89年マイルCS、90年安田記念、有馬記念)。88年JRA賞最優秀4歳牡馬、90年最優秀5歳以上牡馬&年度代表馬。91年顕彰馬選出。10年7月3日、右後ろ脚を骨折し25歳で死す。





