浦和が苦境を乗り越え、勝ち点を重ねだしている。

 17日のさいたまダービー大宮戦こそ2-2と引き分けたが、そこまでリーグ戦5連勝。第1ステージ(S)終盤3連敗の流れの悪さを完全に払しょくした。

 岐路の1つは、2連勝して迎えた今月2日の第2S開幕戦、アウェー福岡戦にあった。前半20分すぎ、DF槙野が早くも退場。さらにPKで先制も許した。

 そこでチームを救ったのが、DF那須大亮(34)だった。

 前半終了間際。福岡FWウェリントンに競り勝ち、MF柏木のFKを頭でたたき込んだ。息を吹き返したチームは、後半にFW興梠の得点で勝ち越した。

 福岡は現在、年間勝ち点最下位と苦戦している。その相手に敗れれば、失う勝ち点以上に、精神的なダメージが大きかっただろう。

 そうなれば、今季中の巻き返しは難しくなったかもしれない。背番号4が、ひときわ大きく見えた。

 しかし那須は、これがまだ今季2試合目の先発。DF遠藤の左ひじ負傷で、出番がなんとか「めぐってきた」立場だった。


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 「那須さんはいつも、ああやって苦しい立場から巻き返すんですよね」。

 翌週、大原サッカー場。居残りメニューを終えたDF加賀が、汗をぬぐいながらポツリと言った。

 「磐田の時もそうでした。他の選手が監督に重用されだして、那須さんの出番がなくなりかけたことが、何度かありました。そういう時、得てして誰かがケガをする。あるいは出場停止になる。それで出番が回ってくると、あの人は必ずビシッと結果を出すんです」

 磐田から東京をへて、浦和に来た加賀も、浦和では出場機会に恵まれずにきた。

 それでも6月15日、DF森脇が出場停止のG大阪戦で、那須に先んじて先発のピッチに立った。

 持ち前のスピードを生かして、攻守に奮闘した。しかし、チームを勝ちに導くことはできなかった。

 「状況を変えるには、やっぱり代わりに出た時に勝てないと。でも、僕らが出るという時点で、チームは普通の状態ではないわけですから、簡単ではありません。だからこそ、那須さんはすごいと思う。僕らの『万全の準備』というのは、あの人にかかれば最低限のことでしかない」

 万全の準備。取材の中で、多くの選手からこの言葉を聞いてきた。

 加賀が言う通り、ワンチャンスを生かして定位置奪取を狙う選手にとっては「最低限」の心構えなのだろう。

 では、那須は何が違うのか。とりわけ「万全」という言葉は極めて抽象的だ。取材をしても、すぐには分かりかねた。

 しかし、ひょんなことから、那須の「万全」の一端に触れることができた。


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 14日午後1時半。芝の管理棟に置かれた温度計は、36度を示していた。

 くぼ地の湿地。大原サッカー場の夏は暑い。選手たちは頭から水をかぶったように、ユニホームがびっしょりと汗でぬれていた。

 一様に「今日はアカン」とつぶやき、足早にクラブハウスに引き揚げていく。

 そんな選手の流れに、文字通り「逆行」する男がいた。那須だった。

 クラブハウスからゴムチューブを持ち出すと、コーチに声をかけ、再びピッチに駆けだす。

 そしてゴールマウスと自分の腰を、手にしたゴムチューブでつなぐ。

 「じゃ、お願いします」。コーチにボール出しを願うと、チューブを引き伸ばすように前方に走りながら、ヘディングでボールをクリアした。

 ゴムが縮む力に逆らいながら、何度もクリアを繰り返す。設定した回数をこなすと、ピッチにへたりこんで、動けなくなった。

 しばらくすると、むくりと起き上がり、メニューを再開する。遠目に見ていたクラブのスタッフが「ハンパないな」とつぶやく。

 炎天下、普通の何倍もの負荷を自らの肉体にかける。まさに「苦行」だ。

 なぜ、こんな暑い日に、これだけのメニューを居残りでこなすのか。那須は「昨日の試合」と12日仙台戦を振り返りだした。

 「身体のキレがすごく悪かったんです。だから次に向けて、しっかり準備をし直さないといけないなと」

 そう説明すると、大股歩きでクラブハウスに引き揚げていった。

 なるほど、プロは自分のコンディションに敏感だ-。そう納得しかけて、おかしなことに気づいた。


 仙台戦、那須は1分たりとも出場していない。


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 天野コーチが代わりに説明してくれた。「ウオームアップで身体を動かした時に、感触が悪かったみたいです」

 キックオフ前。ベンチスタートの那須も、先発メンバーとともにピッチでウオームアップをした。

 その時の身体のキレが、試合で納得がいくパフォーマンスが出せる域になかったというのだ。

 結果的に試合には出なかった。しかし、もしもチャンスが来ていたら、おそらく生かせてはいなかった。

 那須はそこを重く受け止めた。だからこそ、酷暑をおし、自分にムチ打つように居残り練習をしたのだ。

 真の「万全」を知った。鳥肌が立つ思いがした。


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 浦和の前に所属した柏の関係者からも、那須の「万全」にまつわるエピソードを聞いた。

 那須は柏でも、出場機会が得られない時期があった。それでも「万全」をと、居残り練習を希望した。

 しかし、クラブのフィジカルコーチは、居残り練習を勧めなかった。ケガのリスクも生じるから、立場上仕方ない。

 しかし、那須はどうしても万全の準備をしたかった。普段から公私にわたって面倒を見ている後輩選手に「頼む」と頭を下げた。

 「練習場の入り口に立っててほしい。コーチが近づいて来たら知らせて」

 見張りを任せると、練習場で猛然と居残り練習をしたという。


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 那須の「万全」は、キックオフ直前まで続く。集合写真の撮影が終わると、水上マネジャーに背中を強く平手打ちしてもらう。

 横浜時代、松田直樹さんとほおを平手打ちしあい、気合を入れたことに端を発するルーティーンだ。

 一度、松田さんの平手がきれいにあごに入り、ひざから崩れ落ちた。そのため、水上マネジャーには、平手で背中をたたいてもらうことになっている。

 手加減すると「ぬるい」と怒る。試合後、裸の背中に手形が残るくらい、強くたたくことを要求する。

 水上マネジャーは「その時のテンションが、試合の結果とリンクしているような気がするんです」と明かす。

 「本当にいい時の那須は、キックオフ前に完全に自分の世界に入ってしまう。テンションが上がり過ぎていて、会話がかみ合わないんです。『今日は無失点でいこうぜ』と声をかけても『はあ? なんでだよ!』って言い返してきたりする。思わず吹き出しそうになりますけど、本人は真剣そのものなので、笑うわけにはいきません」

 逆に「今日は家族が応援に来ているんだよね」などと、普通の会話が成立する試合は、得てしていい結果が出ないという。

 ラグビーW杯南アフリカ戦の開始直前、君が代斉唱時に号泣していた日本代表を想起させる。極限まで気持ちを高めることで、那須の「万全」は完成する。


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 20日、浦和の戦術練習。那須は主力組の3バック中央に入り、声を張り上げ周囲を鼓舞していた。

 今週、DF遠藤がリオ五輪出場のため、手倉森ジャパンに合流した。守備の要が、今後最大で1カ月間も離脱する。普通のチームなら、屋台骨が揺らぐ危機的な状況だ。

 しかし、浦和には那須がいる。直近のオフも、トレーニングジムにこもり、黙々と身体を動かした。

 23日の鹿島戦に向け、着々と準備を進める。コンディションを上げる。テンションを上げる。

 福岡戦からは、平手打ちの前に、水上マネジャーから左胸を強くパンチしてもらうようになった。「もっと、もっと来いよ」と那須は叫ぶ。咆吼する。

 そうやって、極限まで「万全」も求め続ける。だからこそ、何があっても100%の力を発揮する。那須はこの夏も、必ずやチームのピンチを救うだろう。【塩畑大輔】



 ◆塩畑大輔(しおはた・だいすけ)1977年(昭52)4月2日、茨城県笠間市生まれ。東京ディズニーランドのキャスト時代に「舞浜河探検隊」の一員としてドラゴンボート日本選手権2連覇。02年日刊スポーツ新聞社に入社。プロ野球巨人担当カメラマン、サッカー担当記者、ゴルフ担当記者をへて、15年から再びサッカー担当。