伊藤華英のハナことば

アスリートの力を信じています/伊藤華英

人生の中でこのようなことが起きるとは想像もしていなかった。

今までの暮らしがいかに幸せだったか、そして平和だったのか思い知る毎日だ。

日本選手権が行われる予定だった東京アクアティクスセンター
日本選手権が行われる予定だった東京アクアティクスセンター

新型コロナウイルスの影響で、東京2020大会までもが延期となった。小池都知事が「ほっとした半面、ここからが大変だ」と話されていたように、大変なことが多くあるだろう。

日本水泳連盟は25日、オリンピック選考会を兼ねた日本選手権を行うと1度決定したものの、小池都知事の外出自粛を要請する記者会見を受けて「中止」と決まった。実際、私は選手の健康やメンタルヘルスを考えると妥当な判断だったと思う。

東京開催が決定したのは、2013年9月7日、ブエノスアイレスで行われた国際オリンピック委員会総会。これを受けて、2016年リオ五輪で引退しようと思っていた何人の選手が「自国開催だから2020年まで続ける」と決めたことだろう。東京なら、とモチベーションを高めていた選手を思うと胸が苦しくなる。

オリンピック選考会は本当に厳しい。競泳の派遣標準記録はとても高い基準で定められているし、日本記録、世界記録を目指して頑張らなければいけない。0.01秒でも届かなければ、代表にはなれない。派遣標準を切っていても、順位が3位であれば代表になれない。

背泳ぎで過去3度のオリンピックに出場している入江陵介選手のSNSには、「一度張り詰めた心を切らすことなく、ほんのすこし緩めて前だけをみて1日1日を大切にしていく」と書いてあった。

この言葉の意味が分かるだろうか。人生をかけて、全てをかけて、これ以上努力することはできないくらい努力してきたということだ。そして、決められたことに従い頑張り続ける。アスリートの強さだ。

去年の韓国・光州で行われた水泳世界選手権から、選手たちは完璧なトレーニングスケジュールをこなし、メンタル、フィジカルの調整をこれでもかというくらい行ってきているはずだ。オリンピックを目指す、メダルを目指す選手だったらなおさらだ。

本当に切ないし、悲しいと思ってしまうし、行き場のない思いがあるはずだ。誰かのせいにはできない、もどかしさも感じているだろう。

2月のコナミオープン100メートル背泳ぎで優勝した入江陵介
2月のコナミオープン100メートル背泳ぎで優勝した入江陵介

それでも、世界中の選手やコーチからはさまざまなポジティブな意見が発信されている。アスリートの「ゴールセット」する力、レジリエンス(回復力)は、多くの人の気持ちを前向きにさせてくれる。

延期や中止かと右往左往している時と比べれば、必ず来年にオリンピック・パラリンピックをやるという意思表示が世界に発信されたことは、「ベター」であり、「ベスト」だった。ゴールがあれば選手は強い。

米国の競泳選手、ケイティ・レデッキー選手のツイッターには、日本で日本のジュニアスイマーに水泳を教えている写真と共に、“As we stand together to meet today's challenges, we can dream about a wonderful Olympics in a beautiful country”(今日の課題に取り組むために私たちが一緒に立ちあがることで、美しい国での素晴らしいオリンピックの夢をみることができる)と書かれていた。

アスリートたちの力で、このトンネルを抜けることができる。そう感じている。また、世界中のアスリートの健康、メンタルヘルスを心から祈っている。

(伊藤華英=北京、ロンドン五輪競泳代表)

競泳界で「美女スイマー」として活躍し、北京、ロンドン五輪に出場した伊藤華英さんが、水泳に限らずさまざまなスポーツの魅力をアスリート目線でお伝えします。
 ◆伊藤華英(いとう・はなえ)1985年1月18日、埼玉県生まれ。01年世界選手権で初の日本代表入り。08年北京五輪で背泳ぎ2種目出場、12年ロンドン五輪で自由形リレー2種目出場。12年秋に現役引退。順大大学院博士後期課程修了。日大非常勤講師。173センチ。

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