夢の全国まで、あと1歩だった。6月18日に行われたサッカー全国高校総体(インターハイ)の神奈川県予選準決勝で、川崎市立橘は日大藤沢に1-2と惜敗した。
■準決勝で日大藤沢と大接戦
激戦区・神奈川は強豪私学が優勢で、公立勢は分が悪い。全国的にみれば、まだなじみの薄い橘だが、近年は強化が実り、神奈川のベスト8まで勝ち上がる「公立の雄」へと成長している。そして今回、ついに8強の壁を破った。しかも準々決勝では、インターハイで日本一にもなっている強豪・桐光学園を2-2からのPK戦で下し、この代表決定戦の舞台に立った。
桐光学園に続き、4年前のインターハイで全国準優勝の日大藤沢も倒して全国切符を手にするのか。注目の一戦だった。
ただ今回も引き続きコロナ禍で、一般観戦は解禁されなかった。仮に地元・川崎市の等々力で一般入場下で実施されていたなら、多くの応援を受け、さぞ盛り上がっていたことだろう。そうなると、また違った試合展開になっていたかもしれない。そんなことも思いつつ、この日の戦いぶりを紹介したい。
試合は前半から動いた。17分、日大藤沢に均衡を破られた。CKからニアサイドへ鋭く入ったボール。マークをずらされ、フリーで入った選手に足で押し込まれた。
飲水タイムを挟んで直後の25分、今度は中盤でボールをインターセプトされると、自陣左サイドにできたオープンスペースを素早く突かれ、中央に折り返されたグラウンダーボールを押し込まれた。0-2。
どちらも試合巧者、日大藤沢の抜け目のなさが出た場面だった。
前半を2点のビハインドで折り返した後半、橘は持ち味のDFラインからのビルドアップで攻撃のテンポをつくり、自分たちのリズムをつくる時間が出てきた。
対する日大藤沢もバイタルエリアをしっかり固め、持ち前のハードワークから鋭いカウンター攻撃を仕掛け、一気にフィニッシュまで持ち込んでいく。1トップに入った198センチの超大型FW森重陽介(3年)が攻守に惜しみない運動量で存在感を発揮すれば、どの選手も例年通り技術のしっかりした選手がそろう。どちらも集中力を切らさず、全国切符を懸けた代表決定戦にふさわしい、ケレン味がない攻防だった。
■山本監督強化9年目で代表決定戦
橘は終盤に、180センチを超える上背にがっちりした体を持つDF伊藤遼祐(3年)を最前線に上げ、パワープレーを敢行。その勢いが形となり、後半39分に10番を背負うエースFW高村桜輝(3年)が混戦の右45度のゾーンから、一瞬の隙を突く正確な右足シュートで1点を返した。
ロスタイム5分の表示。反撃ムードが高まった。だが、そこは厳しい相手に場数を踏んでいる日大藤沢。押し込まれたことで逆に高い集中力を発揮し、橘の攻撃をしのぎながら時間を進め、1点差を守り切った。試合終了を告げるホイッスルが鳴ると、緑のピッチ上には勝者と敗者のコントラストが色濃く広がった。
桐光学園に続く強豪撃破とはならず。全国切符を目前でつかめなかっただけに、山本義弘監督の表情には悔しさがにじんでいた。
「飲水タイムの後にシステムを変更して守備は落ち着きを取り戻した。次は(1点を追うべく)攻撃と思っていたところで失点してしまった」
結果的に、勝敗を分けた2失点目が痛かった。
「(相手は)ラインが高くないので、そこに潜り込んで、やっていかなきゃいけない。そのへんの精度とか、ほかの選手のオフ(ザ・ボール)の動き、背後をとって入る動きとか、それを徹底するように伝えた。ただ日大藤沢さんのバタバタしているところに付け込むだけの力がなかった。私の指導に問題があると思うんですけど。彼らに具体的にもっと明確に(指示を)伝えて、その中で、もっと思い切りできれば良かった」
山本監督と言えば、神奈川では知られた名将。前任校の川和(横浜市)では県内屈指の進学校を、サッカーで関東大会優勝というところにまで引き上げた。14年には神奈川県選抜の監督として国体で日本一にもなっており、橘に赴任して9年目になる。
橘はスポーツ科があり、バレーボールや陸上など部活動に熱心な学校だ。ただサッカー部はその後塵(こうじん)を拝する立場。そこへ山本監督の赴任とともに強化を進めたところ、入部希望者も年々増え、15年にK3(神奈川県U-18リーグ3部)にいたチームは、19年からK1(同1部)を戦っている。
サッカー部員ではないが、今や日本代表で注目を集めている三苫薫(川崎フロンターレユースに所属)も橘の卒業生。英語教育など学業面にも力を入れている人気校で、普通科に加え、国際科もある。
とはいえ、環境面で言えば、神奈川の強豪私学はどこも人工芝の専用グラウンドを持つチームが多い中で、公立校の橘は土のグラウンドで他部との共有である。練習環境というハード面では私学には及ばないだけに、指導というソフトの面が重要になってくる。
■美しいビルドアップに見た積み重ね
この日の準決勝。写真撮影のためにゴール裏から試合を見つめたが、DFラインから始まるビルドアップの美しさは、個人的には橘が1番だった。センターバックの伊藤、蔦本巧(3年)を起点に、GK田中慶紀(3年)も加わって、両サイドバック、ボランチ、その先のサイドハーフへと、相手をいなしながらテンポのいいグラウンダーボールが行き来する。中でも伊藤は振りの小さなキックから、鋭く回転のいいボールを芝生のピッチに滑らせていく。日々の積み重ねを感じた。
どこが相手であろうとも、最終ラインからしっかり組み立てていくスタイルは変わらない。「もっとやれるはずだし、やらなきゃいけない」という言葉には、矜持(きょうじ)と美学が見えた。
どういう指導をしているのか、山本監督に尋ねると「僕は別にスタイルとかないので(サッカーの)原理原則だけ。別に難しいこととか格好いい戦略とか、スタイルとか、言えるもんじゃないです」。大事にしているのは止める、蹴るという基本技術に状況判断。
「そういうことをコツコツとやって、もちろん、ゲームの入りとか、流れとか、点数とか、したたかさとか、そういうのも含めて、選手にアプローチしています」
インターハイ予選は終わったが、今後は冬の選手権で再び全国切符に挑むことになる。ただ今回ベスト4に進出したことで、今後への期待感がある一方で難しさも出てくるのだという。
「これを自信にしてやれるのか。やっぱりここで負けて、ちょっと落ちてしまうのか。この後のリーグ戦も含めて高校生はなかなか難しいので。私もどうアプローチしていくのか、どうやっていけばいいのか、今はまだ分からないです」
この日は主力選手に欠場者がおり、下級生にもおもしろい選手がそろっているという。それだけに「(攻撃面で)もう1つゴール前のとか、守備の強度とか、中盤のところをもう1回。そして子どもたちのメンタルのところを整理して、次につなげられるようにしたい」。
敗れたことで、課題とともに次への意欲もまた生まれてくるのだろう。敗軍の将はどこか楽しげに、今後への思いを膨らませていた。
ひと夏を越えれば、高校生はまた違った姿を見せてくる。今回の悔しさをバネにチームはどう変化していくのだろうか。コロナ禍のトンネルを抜け、多くの観客の前で躍動する選手たちを見てみたい。【佐藤隆志】