セレッソ大阪小菊昭雄監督(46)が、8月末の就任からわずか66日目でタイトル獲得の可能性がある。30日のルヴァン杯決勝は、4年ぶり2度目の優勝を目指すC大阪が名古屋グランパスと激突する。Jリーグでの選手経験がない小菊監督は、クラブ一筋24年目でコーチ歴は約15年。類いまれな人間力を武器に、Jリーグに新風を巻き込む。

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小菊(こぎく)と読む名字は、今も「おぎく」とよく間違われるという。Jリーグで最も知名度が低いかもしれない新監督が、就任66日目で王座獲得という奇跡に王手をかけている。

決勝前日の29日、会場の埼玉スタジアムで公式練習に臨んだ小菊監督は「この舞台を勝ち取ってくれた選手らに感謝し、エンブレムに必ず3つ目の星印を刻みたい」と決意した。

小菊監督にプロ選手の実績はない。名門・滝川二(兵庫)時代、1年時の全国高校選手権に登録されたがベンチに入れなかった。主に背番号8を付けた2、3年時は、神戸弘陵の天才MF奥大介に全国の道を阻まれた。愛知学院大では大学日本代表候補入りも、へんとう炎を患ってプロの夢を断念した。

大学卒業前、アルバイト採用されたC大阪の下部組織では、小中学生への指導が「親切、丁寧、元気」と評価され、4年でチーム統括部のスタッフに抜てき。誰とでもうまく意思疎通を図ることができ、入団9年目、ついにはJリーグを戦うトップチームのコーチへと立場を変えた。

大熊清、尹晶煥(ユン・ジョンファン)、ロティーナら携わった歴代監督はのべ15人以上。各指揮官の長所を学び、3度のJ2降格という冬の時代も知る。入団24年目の今夏、レビークルピ前監督の成績不振でコーチ歴約15年の小菊監督に初の大役が回ってきた。

「彼を獲得しないと、僕は一生後悔する。お願いします」

これは小菊監督がスカウト担当時代の05年、当時高2の香川真司(現ギリシャ1部PAOK)を入団させるため、元C大阪監督で強化責任者だった西村昭宏氏(63=現JFL高知ユナイテッドSC監督)に直談判した際の言葉だ。言動は常に熱く、説得力がある。

信念は「自己犠牲、ハードワークできない選手は使わない」。高校で学んだ礼儀、周囲への気配り、意思疎通の能力を生かし、主力だけでなく、試合に出られない選手にも日々、言葉を投げかける。自身が病気でプロを断念した苦い思いもあるからだろう。クラブ関係者は「小菊さんに対する悪い評判は聞いたことがない。奇跡の人」という。

指導を受けて8年目の主将MF清武弘嗣(31)は「選手の気持ちが一番分かる監督。小菊さんにタイトルを取ってほしい」。DF瀬古歩夢(21)は「優勝して小菊さんを胴上げしたい」とまで言い切る。MF乾貴士(33)もGKキム・ジンヒョン(34)も同じ思いだ。指揮官の人間性に引かれたチームは今、一丸になる。

元上司の西村氏は、ポルトガル人の世界的名将にイメージを重ね、かつての部下にエールを送る。

「モウリーニョはプロ選手の実績はないのに、下部組織のコーチ、通訳を経て周囲から信頼を得た。(性格は違うが、似た経歴の)小菊監督も日本のモウリーニョになるかもしれない。彼こそC大阪の財産だと思います」

小菊監督も言う。

「私にJリーグのキャリアがなくても監督業で結果を出せば、選手でプロになれなかった子どもたちに、監督を目指すという夢を与えられる。キャリアのある監督はリスペクトしているが、私もコーチとして経験を積んできたので、たたきあげとしてのプライドがあります」

小菊監督就任後のC大阪は、攻守ともに規律あるプレーで生まれ変わった。前線からの小気味いいプレスに加え、カウンターを臨機応変に駆使し、守備も強固になった。一時はJ2降格も心配されたが、今は12位でほぼ残留を確実にした。

ベスト4まで勝ち残った天皇杯とともに、このルヴァン杯で今季2冠獲得の可能性がある。まずは、クラブ3つ目のタイトルへ。小菊セレッソが今、熱い。【横田和幸】(ニッカンスポーツ・コム/サッカーコラム「サッカー現場発」)

◆小菊昭雄(こぎく・あきお)1975年(昭50)7月7日、神戸市生まれ。滝川二、愛知学院大を経て、98年C大阪下部組織のコーチに就任。スカウト時代の05年に当時高2の香川真司を入団させ、06年以後は主にコーチを務める。家族は夫人と1男。