あれから7年もの歳月が流れた。W杯南アフリカ大会を控えた日本は、スイス山間部にあるザースフェーで直前合宿を張っていた。現地入り3日目の10年5月28日。練習は午後からだった。穏やかな時間が流れる午前10時すぎ。たった1人で黙々とボールを蹴る選手がいた。正午を告げる教会の鐘が響いた時。練習場から出てきたのは、汗だくになった本田圭佑だった。

 当時23歳。不動だった31歳の中村俊輔をベンチへ追いやり、代表での先発をつかもうとした頃だった。宿舎へ続く道を歩きながら、話した言葉を覚えている。

 「W杯に出るだけで満足するはずもない。世界の強豪に勝たないといけないんやから。それにはまだまだ(力が)足りひん。限界を超えるには、練習しかない。代表で先発を勝ち取るという次元の話は、最低限。勝つためにどうするかに目線を置かないといけない」

 その本田とともに香川までも、6大会連続のW杯出場を決めたオーストラリア戦でピッチに立つことはなかった。世代交代の波が押し寄せる。代わるのは22歳浅野や23歳久保、21歳井手口あたりか。ふと思う。彼ら新世代が7年前の本田のように、あるいは98年W杯フランス大会でカズ(三浦知良)に代わって出現した当時21歳の中田英寿のように、日本の中心になることはできるのか。強烈に引っ張る個性も、実績も、まだ足りないと感じるのは私だけではないだろう。

 当時、CSKAモスクワに在籍した本田は、欧州チャンピオンズリーグで自らのFK弾で日本人初の8強進出の扉を開いた。10年南アフリカ大会は登録外の香川も、マンチェスターUで12-13年シーズンのプレミア制覇を経験して14年ブラジル大会に臨んでいる。世界に名を知られた本田、香川とは対照的に、オーストラリア戦で得点した浅野と井手口、久保や原口でさえもその域に達していない。彼らの急激な成長がなければ、日本の18年W杯は出場するだけで終わる。

 これは崖っぷちに追い込まれた本田や香川へのメッセージではない。2人がこのままで終わるはずもないことは、分かっている。7年前のスイス合宿。もう1人、時間をずらして孤独な自主練習をする選手がいた。それが中村だった。当時の日本代表大熊清コーチから後日、こんな話を聞いた。「先発から外れそうになっていた俊輔と楢崎。こいつらの努力はすさまじかった。そばで見ていて、胸が熱くなるほどだった」。

 W杯まで9カ月余り。新世代が世界を意識し、自らを極限まで追い込むことができるか-。日本が世界を驚かせるためには、それが必要である。【10、14年W杯取材 益子浩一】