日本サッカー協会(JFA)元会長の犬飼基昭氏(79)が2日、1日に死去したイビチャ・オシム氏をしのんだ。

「年齢ではオシムさんは私の1つ上。来年は私だなと、そんな思いに浸っています」

きっと、ユーモアあふれる2人にしか分からないメッセージ。犬飼氏らしい言葉に、雲の上のオシム氏もほほえんでいるかもしれない。

日本代表監督のオシム氏と、当時Jリーグ専務理事だった犬飼氏。2人のお楽しみが始まるのは、夜が深まったホテルの一室だった。ヨーロッパのサッカー界に精通していた犬飼氏は、たびたび日本代表の遠征に同行し親交を深めた。

サッカー談議のお供は、ワインとおつまみ。ホテルの食堂のシェフに野菜を使った料理をオーダーするのが定番だった。

大きなオシム氏が赤ワインとつまみを手にやってくれば、次の日は犬飼氏が両手に持ってやってくる。その日の気分に合ったお供を選ぶのは、日替わりの当番制だった。

「今日はあなたに何を食べさせたらいいか、ずっと考えてたんだよ」

「オシムさん、そんなことより、サッカーを見てやってくださいよ」

そんなジョークも出てくるほど、楽しく夜は更けていった。

ある時、犬飼氏はワインを片手に、オシム氏にたずねた。「選手のどんなところを見ていますか?」。オシム氏は迷わず言った。「教えられないものを備えている選手だ」。

名将でさえ教えられないもの。「例えば、速く走る選手。速く走ることは教えても出来ない。ジャンプ力のある選手。これも同じ理由だ」。鍛えても、教えても得ることのできない、唯一無二のものを持った選手がいる。その能力を見抜き、さらに上のレベルに押し上げる環境を整えること。この夜、オシム氏に教えられたものが、ずっと犬飼氏の根底にある。

犬飼氏はその後、08年に日本サッカー協会の会長に就任。日本のサッカー界のために奔走した。ある1点で秀でた能力を持つ選手がいても、それを見つける指導者、そして育て上げられる組織がなければ、発展はない。オシム氏から聞いた選手を見抜くための教えから、日本のサッカー界全てが成長するために必要なことを見つけた。

「日本サッカーへの多大な貢献を思い、オシムさんの選手を見る深い洞察力と愛情に心より敬意を表します」

何度もグラスを空にしたワインの味とともに。オシム氏が残してくれた功績と一番の思い出を、いつまでも覚えている。

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