異業種のカリスマからサッカー日本代表へのエール第2回は、柔道元日本代表監督の井上康生氏(44)から。監督として16年リオデジャネイロ五輪では全7階級でメダルを、21年東京五輪では5個の金メダル獲得した。現在は世界選手権(タシケント)に出場する日本代表に副団長として参加している。チームをまとめあげる立場から、日本人が持つ良さを軸に持つことが、世界と対等以上に戦うカギだとした。【取材・構成=岡崎悠利、木下淳】
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日本サッカーは、世界の「FootBall」との戦いを迎える。
井上氏 我々が追求していくものは「柔道」なのです。いかなる状況でも、1本を取る技があること。ルールが変わろうが、これは絶対的に必要。しっかりと組んで投げられる、相手の技を受けきれる。世界で活躍するために必要なものは、そうした原点にすごく含まれている。
技をかけるよりも、反則のポイントを奪って勝つのが世界の「JUDO」の傾向。また、さまざまな新技やトレンドも生まれる。「スタッフも含め、海外の方の協力があってもいい」と、有効だと思ったものは進んで学び、取り入れる。一方で「それ(海外の主流)が柱になった時には、日本柔道界は厳しくなる可能性はある」と、軸が揺らぐことはない。日本が確立してきた「技」を、根本に置いてぶらさないこと-。それは畳の上だけではなく、ピッチの上でも勝負の肝にあると見ている。
井上氏 選手層を重視することが、チームという生き物を強固なものとする鍵。
世界選手権では男子66キロ級では阿部一二三が金、丸山城志郎が銀。階級によっては日本人選手同士が優勝を争う。森保ジャパンもまた、左サイドのMF久保やMF三笘をはじめ、各ポジションに序列争いがある。
井上氏 各階級で1人に頼らざるを得なくなると、なにかが起きたときに間違いなく崩れる。総合力をどうつけるか。時にはジュニアなどにも目を配りながらやっていた。
1チーム2カテゴリーを掲げ、東京五輪世代から一貫した強化を図ってきた森保ジャパンにも通じる考えだ。
井上氏 彼らはもともとライバル同士なんですよ。以前は派閥意識が強かった。他の道場に足を踏み入れることには勇気が必要だった。ただ、そこで、いかにチームジャパンとして、いかに皆で力を合わせて戦うか。そこが日本柔道のために大事なポイントでありましたから、私自身、空気を読まずに、連絡して視察した部分はあったかもしれません。
日本が世界で勝つために必要なことは「強固な選手層」。そこに加えるのは、「前を向き続ける姿勢」、そして「逆算」だという。井上監督は、現役時代のメンタル面を引き合いに出し、森保ジャパンを鼓舞した。
井上氏 私が畳に上がる時に大事にしていたことは、自分たちがやれると信じること。そしてはじめから能力を過小評価せず、頂点に立つことを信じ切ること。自己肯定力というところがとても大事な要素。畳に上がると、開き直って戦うしかない。そこまでの過程をどう歩むかが大事。サッカー日本代表はこれまで、決勝や準決勝には上がったことがない。そういう中で、自分たちが頂点に立つために何をすべきか考え抜いて、これまで行った領域外のところに準備をしていかないといけないので、そこが1つ鍵になるのかなと感じるところはあります。
井上氏にとって「世界最高峰のスポーツイベントで毎回興奮して試合を見ている」W杯は、もう間近に迫っている。
井上氏 勝負の世界。勝った、負けたがあるが、もちろん勝ってほしい。(1次リーグは)厳しい環境だと思う。受け止め、どう準備するかが大事なことだと思う。サッカー、ひいてはスポーツって、格好いいなと思わせてくれる試合を心から期待したいです。
ベスト8という未踏の地に挑む森保ジャパンに、柔道界から後押しの言葉をおくった。
◆井上康生(いのうえ・こうせい)1978年(昭53)5月15日、宮崎県出身。5歳で柔道を始める。東海大相模高から東海大に進学し、00年シドニー五輪の男子100キロ級ですべて一本勝ちで金メダル。01年に綜合警備保障(現ALSOK)入りし、同年の日本選手権で篠原信一を破り初優勝、そこから3連覇。世界選手権は99年バーミンガム、01年ミュンヘン、03年大阪と3連覇。08年5月に引退を表明、12年11月から日本代表監督に就任し、21年東京五輪後の9月をもって退任した。妻はタレントの東原亜希。

