J2で18位のヴァンフォーレ甲府が、歴史に残る下克上を完結させた。J1で3位のサンフレッチェ広島相手に延長を終えて1-1で、PK戦を5-4で制した。在籍20年目の“ミスター甲府”DF山本英臣(42)が延長後半にPK献上のミスも、PK戦では5人目のキッカーを務めて初優勝に導いた。00年に債務超過で存続危機に陥ったクラブは、奇跡の日本一で来年のアジア・チャンピオンズリーグ(ACL)の出場権を獲得。クラブとともに歩んできた山本は、万感の思いで優勝カップを掲げた。J2勢の優勝は11大会ぶり。

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J1クラブに6連勝して頂点に駆け上がった甲府の原動力は「発掘」と「育成」だ。甲府の森淳スカウト担当が獲得した選手が6人、決勝の舞台でプレーした。大卒5年目の主将の荒木を筆頭に、大卒2年目のDF須貝、関口、MF長谷川、FW鳥海、DF野沢ら「98年生まれ組」の台頭が快進撃を支えた。スタジアムで歴史的瞬間を見届けた森氏は「スカウト冥利(みょうり)に尽きます」と喜んだ。

森氏は湘南時代、中田英寿をスカウトしたことで知られ、甲府でも日本代表MF伊東純也、佐々木翔、稲垣祥ら当時無名の逸材に目を付け獲得してきた。即戦力で大学選抜に入っている逸材グループ(大学ナンバーワングループ)は強豪クラブが獲得するため、森氏は2部リーグ、地方リーグにも足を運ぶ。技術が粗削りでも「すごい」と感じる逸材を発掘し「うちのコーチングスタッフなら直せる」と3年かけて戦力にしていくスタイルだ。荒木も3年目にブレークした選手だった。

獲得の基準は、森氏が甲府のスカウトになる以前に加入していたMF柏好文(35=現広島)。柏は国士舘大のエースだったが、大学全体で見ると関東1部リーグの中ではナンバーワングループではなかった。それでも、甲府で試合経験を積み、広島へステップアップ。35歳の今も第一線で活躍を続ける。森氏は「柏選手をベースに考えると、大学リーグ2部の1、2位のチームのエースは柏選手と同じ可能性を秘めている」と話す。伊東純也も、当時は関東2部の神奈川大出身だった。

ただ、昨季は大卒選手獲得で例年とは異なった。即戦力になる逸材を複数、獲得できたのだ。森氏が早めに動いたことも奏功した。明大時代に主将だった須貝は、山梨出身で甲府でプレーしたいと真っ先に甲府を選んだ。法大出身の関口は「J1でいきなり活躍できるイメージがない」と甲府のオファーを即決。鳥海はJ1が動く情報があり早めに動くことはなかったが、決まっていないことを知るとすぐにオファーを出した。長谷川も同様だ。

森氏は、甲府からステップアップで成功する選手として「伊東は例外として、フル出場を40試合ぐらい、経験していること」と分析している。「体力が下がっていく中で、自分1人で判断することをやり続けないといけない。これは普段のトレーニングではできないこと。90分出ることの重要性ですね。90分出ている選手は頼りになるんです。分数っておもしろいなと」。

実際、須貝は2年間で31試合、関口は51試合にフル出場。長谷川は攻撃的ポジション。フル出場こそ22試合だが、2年間で74試合に出場し、1試合平均のプレー時間は72分。十分に試合経験を積んできた。既に、ステップアップできる実力を付けているからこそ、J1相手に対等な戦いができたと言える。

大卒選手が即戦力で試合に絡むのは、本人の実力もあるが、小規模クラブだからこそだ。J1のビッグクラブと違い、高額な外国人選手がいない。新人選手にも出場のチャンスが巡り、試合に出ながら成長することが可能だ。練習や練習試合ではない公式戦は、何よりも選手の成長を後押しする。実際、須貝も「試合に出続けることによって90分ファイトできる、長い時間出てもいいパフォーマンスが発揮できる部分で質が上がる。強度や質の部分は成長できている」と手応えを口にする。森氏は広島DF佐々木翔を例に挙げ「佐々木も試合に出ていましたが、2試合連続で佐々木のミスで負けたことがあるんですよ。バックパスを取られてとか。それでも、当時の城福監督が使い続けて今の彼がいる」と振り返る。

J2ながら主要タイトルを勝ち取った。ACLの出場も決め、FW鳥海は「甲府でACLの経験を積みたい」と早くも残留を宣言した。森氏は「(ACLは)僕らも経験したことがないこと。経験をさらに生かして成長してほしい」と目を細めた。【岩田千代巳】

○…殊勲の先制ゴールを挙げたのは甲府の“アフロ三平(みつひら)”だった。前半26分、左CKからの流れでMF長谷川、荒木とつなぎ、ゴール前に入ったFW三平が右足を合わせた。注目を浴びたのが、その髪形。Jリーグ公式サイトの顔写真ではサラサラヘアーだが、まるで別人のようにボリュームたっぷりのアフロヘア-。これにはSNS上も「三平のオフィシャル写真はよアフロに変えな」など大盛り上がりだった。

◆ヴァンフォーレ甲府 甲府市、韮崎市を中心とする山梨県全県をホームタウンとするクラブ。65年に「甲府クラブ」として創設され、99年からJ2に参加。00年に債務超過が発覚し存続が危ぶまれたが、県民の署名活動などの支援を受けて再建。06年にJ1初昇格を果たす。タイトルはこれまで12年J2優勝の1回。チーム名はフランス語の「ヴァン(風)」と「フォーレ(林)」の組み合わせで、戦国時代の武将、武田信玄の旗印「風林火山」に由来している。