ヴィッセル神戸が、悲願の初優勝を果たした。勝てば優勝の名古屋グランパス戦で前半12分にMF井出遥也(29)が先制、2分後にFW武藤嘉紀(31)が追加点。2-1で逃げ切った。2位横浜との勝ち点差が4となり、最終節を待たずに決めた。タイトルは20年元日の天皇杯以来で、リーグは初。賞金3億円を獲得した。95年1月17日に阪神・淡路大震災に見舞われたクラブは、地元兵庫出身の吉田孝行監督(46)に導かれて、J参入27年目で、ついに頂点に立った。

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神戸三木谷浩史会長(58=楽天会長兼社長)の熱意が、ついにクラブを頂点に引き上げた。選手らに胴上げされて「皆さまのおかげでチャンピオンになることができた。続けてやってきてよかった」と言った。

クラブは苦難とともに立ち上がった。「ヴィッセル神戸」として始動予定だった95年1月17日、阪神・淡路大震災が発生。震災の影響で同年にメインスポンサーのダイエーが撤退。資金繰りに苦しんだ。リース店でFAXを借りに行っても「ヴィッセル? すぐつぶれるような会社とは契約できない」と断られるほど。03年12月に民事再生法に基づく経営譲渡を発表した。

04年から経営を引き継いだのが、神戸市出身の三木谷会長だった。「神戸市から(経営譲渡の)お話をいただき、最初はお断りしようと思いましたが、私が引き受けないとどうなるのでしょうと言ったら、クラブは消滅しますと言われまして」。一方で、IT企業の参入に「不安はあった」と、口にする関係者もいた。

ある年、役員会で下部組織の縮小を提案した。費用対効果の悪い選手育成にしびれを切らせた。Jクラブには育成組織が必須であることを指摘されても「選手11人と監督だけでいいのでは?」。だが再考した結果、半年後には「寮をつくる」と数億円の私財を投じて選手寮「三木谷ハウス」をつくった。今季主力に成長したMF佐々木やDF山川は神戸のアカデミー育ちだ。

FWポドルスキやMFイニエスタら大物獲得で注目度を上げて、19年にはJ史上最高となる営業収益114億4000万円を記録。神戸が来るアウェー戦に観客が集まった。この6年間、人件費に投じた合計は約300億円。イニエスタはJ史上最高額の推定年俸32億5000万円だった。

「物言うオーナー」のイメージが強いが、周囲の意見に耳を傾けてきた。

イニエスタ獲得の際には、川淵三郎氏に「チケット価格を上げても良いものか」とお伺いを立てた。良質なエンターテインメントを提供している、という自負があった。チームつき管理栄養士に直接電話をすることも。多忙でもクラブの成長に積極的に関わった。

2度のJ2落ちも経験。話題先行から初Vまでたどりついた。次の狙いは、アジアチャンピオンズリーグ制覇。20年は4強で敗退。神戸からアジアそして世界へ、さらに前進させる。【永田淳】