柏は120分の死闘の末、PK戦で力尽き準優勝に終わった。DFジエゴが出場停止、今夏加入のDF犬飼智也、MF山田雄士が前所属クラブで今季の天皇杯に出場している規定によりメンバー入りできない中でも、前線からのプレスと組織的守備で、川崎Fの持ち味でもある攻撃の組み立てパスワークを寸断。120分間、集中を切らすことなく戦い抜いた。

リーグ戦では最終節でJ1残留を決める苦しいシーズンになったが、なぜ天皇杯で決勝まで勝ち進めたのか-。今年5月、ネルシーニョ前監督の退任後に就任した井原正巳監督(56)の手腕とスタッフを束ねるマネジメント力が大きかった。

就任直後に取り組んだのは、守備の整備だった。勝ち点を着実に積み上げるには、守備を安定させることが一番の近道だからだ。前体制ではマンツーマンの守備が基本だったが、各クラブが立ち位置を含め攻撃が進化した今、マンツーマンだけで守るには厳しい現実があった。

井原監督は、コーチングスタッフの“両輪”でもある11大会前の優勝メンバーの栗沢僚一コーチ(41)、大谷秀和コーチ(39)に「チャレンジ、カバーとチームで助け合う守備を」と大枠を提示した。どう選手に伝え、落とし込むか。コーチ陣の意見に耳を傾け、練習メニューも含めアイデアを出し合い決めていった。最終決定権を持ちながらも、決してトップダウンでないのが井原流だ。

井原監督は言う。「サッカーの考え方、戦術は(両コーチが)選手に近い部分もある。そこは自分にとって刺激になっている」。

前体制で染み込んだ守備は、簡単に抜けるものではない。就任直後は、北海道コンサドーレ札幌に5失点、横浜F・マリノスに4失点と大量失点で敗戦した。転機は、夏の3週間の中断期間。徹底して守備練習に時間を使った。

数的不利の状況で、どう味方と連係して守っていくか。あえて、数的不利の局面をつくり、ボール保持者へのアタック、空いたスペースのカバーなど、コーチングスタッフが一丸となり、選手に分かりやすく言葉をかみ砕いて、組織的守備をチームに落とし込んだ。例年にない酷暑の中、1セッションの時間を通常より短くし、ボールへのアタック、カバー、攻守の切り替えを全選手が全力を出せるよう調整した。

大谷コーチは「守備の練習だけど、裏返しで攻撃の練習にもなっていた。最初は、守備がいたぶられてましたが、そこで数的不利でも守れるという感覚をつかんで。夏場からみんながアラート(油断なく)に守備するようになって守備の質が上がった。今は攻撃陣が数的優位でも苦労している」。「チャレンジ・カバー」の守備を熟知するDF犬飼が加入したのも浸透を加速させ、だれが出ても同じ戦いができるまでになっていった。

中断明けから守備が整い、8月2日の天皇杯4回戦・札幌戦から、天皇杯決勝まで、公式戦は7勝8分け2敗。引き分けは多いが、負けない強さを身に付けていった。天皇杯に関して言えば、失点は2回戦の山梨学院大戦の1失点だけだ。

栗沢コーチは「井原さんは懐が深い。スタッフ陣に1から10までを話せる組織をつくってくれた。そういう雰囲気にさせてくれたことがチームが下まで落ちなかった理由なのかな」と振り返る。

降格と隣り合わせの重圧の中、指揮官としてスタッフ、選手をまとめ上げ、同じ方向へと導いた。現役時代に日本代表として日の丸を背負い「ドーハの悲劇」「ジョホールバルの歓喜」「W杯フランス大会」を経験したことが、今も生かされているという。「その経験があったから今、それほど怖いものはない。当時に比べれば、という思いを少しは持ってこの仕事もやっております」。

途中就任で時間も限られた中、優先順位は守備だったが、逆に今後は攻撃面での伸びしろもあるということだ。柏のDNAを知り尽くす両コーチを頭脳に持つ井原レイソルが、どんな進化を見せるか。来季が楽しみになっている。【岩田千代巳】