【1996年7月23日付・日刊スポーツ紙面】

 【アトランタ支局22日】マイアミの奇跡が世界を揺るがした。サッカーの日本五輪代表がサッカー史に残る大番狂わせを演じてみせた。初戦、優勝候補筆頭のブラジルと戦った日本は後半27分、伊東輝悦(21=清水)が挙げた歴史的ゴールを守りきり、1―0でブラジルを破った。この快挙に海外の通信社は衝撃的な事件として全世界に打電。28年ぶりの本大会出場を果たした日本は、あのメキシコ大会同様、メダルどりに向かって大きな第一歩をしるした。

 マイアミに奇跡が起きた。その奇跡は、瞬時にして世界を駆け巡った。UPI通信は「五輪史上、最大の番狂わせのひとつだ」と打電した。AP通信もショッキングなニュースを「ブラジルの五輪における将来は議論を呼ぶはず」の書き出しで打電。ロイター通信も「ショックにうちひしがれたブラジルは初の五輪金メダルに向け大きくつまずいた」と、日本の歴史的な白星を強調した。

 何とたくましいヤングたちだ。勝って当然、と言わんばかりの顔が並ぶ。その横を、2年前に世界一の栄光をつかんだあのベベットが、22億円男のロナウジーニョが、そして名将・ザガロが、放心状態で退いていく。20世紀のサッカー史に、大番狂わせを演じた日本の五輪代表イレブンの名前は、しっかりと刻まれた。

 王者ブラジルを、日本の術中にはめた痛快な大金星だった。ディフェンシブな戦い。指揮官の意図をつかめなかった前園らは、開幕前に西野監督にかみついた。「オレたちは攻撃的にやりたいんだ。消極的なサッカーなんかやりたくない」。だが、真の意図を理解するのに、そう時間はかからなかった。

 世界一のブラジルに勝つための“攻撃的な”守り。ブラジルの司令塔ジュニーニョのマークに、本来のボランチ広長でなく左ウイングバックの服部を起用。前線から強烈なプレスをかけ続け王国・ブラジルのガ城を崩しにかかった。決してカッコ良くなんかない。だが腰は絶対に引いていなかった。ブラジル選手の足元を目がけ、レッドカード覚悟のタックルで襲った。城は右ふくらはぎをケイレンさせ、ジュニーニョのヒジ打ちにあった鈴木は真っ赤な鮮血を滴らせながらフィールドを疾走した。

 執ようなプレスがブラジルの焦り、ミスを誘う。波状攻撃からカウンターに転じた後半27分、左サイドの路木が前線にハイクロス。FW城がGKとDFに挟まれながらゴールを襲う。こぼれ球を詰めていた伊東が決めた。ゴール1メートル前で、歴史的ゴールを右足で慎重にゲットした。4対28のシュート数の差も、イレブンの集中力は、最後まで途切れなかった。

 「日本は走り回らせばいいんだ」。日本をコケにしたブラジル側のコメントが大会前のイレブンの耳に入った。プロとしてのプライドをかけた戦いに、日本は勝った。ジーコが、レオナルドがたたき込んでくれたプロ魂を、彼らは恩返しの白星で見せた。

 涙ながらに抱きついてくるスタッフを、たくましいイレブンは信じられないほど淡々と、冷静に受け入れた。「これで終わったわけじゃありませんから」と川口が言えば、「余韻に浸っているヒマなんかない。次も勝たないといけません」と城が続いた。会見では声を詰まらせた西野監督の目も、ブラジルに勝ったことなど単なる通過点にすぎないと言いたげだった。周囲の驚きをよそに、奇跡の日本イレブンは次なる標的に襲いかかる。