今季限りで引退し、歯医者を目指す男子110メートル障害の金井大旺(25=ミズノ)が13秒16(追い風1・7メートル)の日本新記録を樹立した。

16年リオデジャネイロ五輪なら銀、19年世界選手権なら銅メダルに相当する好タイム。スタートから飛び出し、日本歴代2位だった自己記録を0秒11、高山峻野(26=ゼンリン)が持っていた従来の日本記録を0秒09も塗り替えた。これで東京五輪の参加標準記録もクリアした。

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五輪、世界選手権ともに日本人が過去に決勝進出がない種目で、メダルの期待も高まる記録が生まれた。速報表示は「13秒18」。その後、スタンドの電光掲示板が映し出した正式タイムは「13秒16」に縮まった。感情を出さずゴールを駆け抜けた金井も、結果を確認すると、白い歯を見せた。「想定した記録よりはるかに上回っていた。びっくり」。無理もない。日本記録、五輪の参加標準記録どころか、世界大会で表彰台が視野に入る数字だった。

号砲と同時に勢いが違う。1台目からライバルを置き去りにし、1・7メートルという絶好の追い風に乗り、後半も衰えなかった。今季からウエートを週4回に増やした。記録が伸びた要因は「1歩1歩の出力が上がり、インターバル間の刻みを速くできた」。練習やアップでは1本走るごとに、必ず動画を確認する姿がある。主観と客観を擦り合わせるためだ。筋力、技術とも理想型に近づいてきた。

今が全盛期。ただ、時間は限られているから、今に最善を尽くせると考える。今季で五輪を区切りとし、北海道・函館の実家を継ぐべく、歯科医を目指すと決めている。

進学校・函館ラサール高の出身で、昔から「人に感謝される仕事である医療従事者になりたい」との思いが強かった。父の影響もあって、高校卒業後は歯科大へ進むつもりだった。それが全国高校総体で不本意な結果だったこともあり、競技継続を決意した。家族からは「続けてもいいよ」と言われているが、辞める意思は固い。この日も「区切りをつけてやっているからこそ、この記録につながっている。もう1度、今回の冬季練習はできない」と続けた。今も歯科大受験に備え、競技の空いた時間に勉強をしている。

全盛期で迎える最後の花道。その東京五輪は「まず決勝進出が目標」。自ら限られた競技人生にしているからこそ、不退転の決意がある。【上田悠太】

◆金井大旺(かない・たいおう)1995年(平7)9月28日、函館市生まれ。函館南本通小3年で陸上を始める。18年日本選手権で13秒36の当時の日本新を樹立。法大卒業後は福井県スポーツ協会を経て、19年2月からミズノに移籍。同年の世界選手権は予選落ち。法大4年時は喫茶店、家庭教師、コンビニエンスストアのアルバイトを掛け持ち。姉も歯科医。179センチ、73キロ。