【ブダペスト(ハンガリー)=藤塚大輔】決意を胸に、ファイナルに挑む。田中希実(23=ニューバランス)が23日(日本時間24日)に行われた女子5000メートル予選で、衝撃の日本新記録を打ち立てた。14分37秒98をマークし、これまでの広中璃梨佳が持つ記録(14分52秒84)を約15秒も更新。6着に入り、3大会連続の決勝進出を決めた。20日に行われた1500メートル準決勝では全体最下位に沈んだが、中2日で迎えた5000メートルで快走。26日の決勝(同27日午前3時50分ごろ)で、97年アテネ大会8位の弘山晴美以来となる同種目での入賞を目指す。

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勇気をもって、田中がオレンジ色の背中を追った。普段は集団後方につける東京五輪2冠のハッサン(オランダ)が、スタートからいきなり先頭へ出た。決勝進出条件はタイム順ではなく着順(8着以内)。後ろにつかない選択もあったが「今日はタイムを狙える」と即断し食らいついた。

殻を突き破りたかった。20日の1500メートル準決勝。ゆったりとした集団走に合わせ、ラストのスパート勝負に屈した。前へ出る決心がつかず、結果は最下位。「井の中の蛙(かわず)のレース」と険しい表情で言った。そこから3日。この日はひるまなかった。日本新ペースでハッサンらを追走。「(14分)40秒台前半は出る」と見通していたが、気付けば日本記録を約15秒も更新していた。「タイムとしての実力は、今の100点満点」。興奮交じりの笑みをみせた。

今季は岐路に立たされても、引かなかった。シーズン序盤は結果が伴わず、4月の金栗記念1500メートルでは自身の日本記録(3分59秒19)から約20秒遅れ。「なぜ走れなかったのか」。ふがいない自分を責めた。

父健智コーチからは「レースに出ないといけない、となっている。出るのをやめよう」と諭された。目的意識を持てるまで休養をとる提案だったが、首を横に振った。「殻に閉じこもったら、その殻を破ることができない」。とにかくレースへ出続けた。ワールドランキング対象競技会に絞っても、4月から世界選手権まで13レースに出場。6月には約2週間のケニア合宿を敢行し、マラソン選手並みのメニューで走力だけでなく、精神力も鍛えた。強豪アフリカ勢と渡り合うための力を培ってきた。

その延長線上に、日本新があった。ほおを紅潮させ、世界との距離が近づいた実感をかみしめる。躊躇(ちゅうちょ)せず、己の判断で前に出たことで「世界の背中を見ながら、最後まで走れた」。26日の決勝でも堂々と駆ける。「怖いものはない。入賞を狙っていきたい」。次はその背中を追い越してみせる。1歩も引くつもりはない。