第100回東京箱根間往復大学駅伝競走(箱根駅伝、来年1月2、3日)へ向けた連載「100回目の箱根 今昔物語」第6回のテーマはシューズ。足袋から始まり、薄底を経て迎えた厚底「戦国時代」。選手、大学だけでなく、各メーカーがしのぎを削る戦いもまた、箱根路の歴史を彩ってきた。

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10月の出雲駅伝2区で区間賞を獲得した駒大・佐藤の足元は、スイス発のスポーツブランドOnの「クラウドブームエコー3」だった。「反発が強く安定性がある。自分のようにパワーで押していく走りには合っている」。機能性だけでなく、メーカーも多様化した現在。かつてと比べ、選手は自らの走りに適したモデルを選択する力も必要になった。その変遷は、箱根路の歴史の1つでもある。

大会草創期の1920年代、選手が履いていたのは足袋だった。1950年代後半から当時トレーニングシューズと呼ばれていたものが普及。そして1970年代には、ランニングシューズが使用されるようになった。75年の51回大会から4年連続2区出走の瀬古利彦は、いわゆる薄底で駆けた。

革命が起きたのは2017年。ナイキ社の厚底が登場し、それまで主流だった「薄くて軽い」から風向きが変わった。翌年の94回大会では、従来の往路記録を6チームが更新。記録とシューズのひも付けが鮮明になると、必然的に「足元」への注目度も増す。「ナイキ1強」打開という側面もあり、各メーカーそれぞれのコンセプトによる開発レースが進んだ。

アシックス社はランナーの特性に合わせ、ストライド走法型とピッチ走法型の2つのモデルを打ち出している。開発担当の竹村周平氏は「アスリートが速く走ろうとする時の動作は人によって異なることにソリューションのヒントがあると考えた」と説明。アディダス社は業界初の駅伝を冠したシューズ「ADIZERO EKIDENコレクション」を発売。同社の山口智久氏は「日本のランニング市場で絶対に外せないのが、ロードレースと駅伝。この2つで勝つことが大きな目標」と強調する。21年→23年の両社のシェア率(日刊スポーツ調べ)をみると、アシックス社は0%→15・2%、アディダス社は1・9%→18・1%と、ともに大きく数字を伸ばしている。

また新興ブランドの1つ、Onの前原靖子氏は「試してくれる選手が増えてきた」と話すと同時に「現在重要視しているのはパリ五輪や世界選手権」とグローバルなシェア拡大を見据える。

近年は大学と提携するメーカーが増えたが、何を履くのかは選手個人に委ねられているケースがほとんど。アディダス社と提携する国学院大の伊地知主将は「必要なシューズが行き届いている」とサポートに感謝するが「高校からナイキをずっと履いている」というこだわりを貫く。ランナーを支えるシューズ。100回大会も、足元から目が離せない。【藤塚大輔】

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