新型コロナウイルスの感染拡大は、部活動にも、これまで考えられなかったような、大きな影響を及ぼしている。全国高校総体(インターハイ)は史上初の中止となった。過去12度のインターハイ出場で優勝経験もある浦和南高校(埼玉)サッカー部も、他の多くの部活と同じように、2月下旬から集まって活動することができずにいる。

非常事態宣言が出され、部活動も練習がままならなくなった。埼玉県もまだ、宣言下にあり活動再開のめどは立たないが、2018年から民間、行政などとタッグを組んでスタートさせた「ICT(情報通信技術)導入プロジェクト」という異例の取り組みを生かし、何とか苦境を乗り切ろうとしている。


劇画「赤き血のイレブン」モデルに

第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 2連覇を達成し、胴上げされる浦和南の松本暁司監督(1977年1月8日)
第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 2連覇を達成し、胴上げされる浦和南の松本暁司監督(1977年1月8日)
第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 連覇を達成した野崎正治(右から2人目)ら浦和南イレブン(1977年1月8日)
第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 連覇を達成した野崎正治(右から2人目)ら浦和南イレブン(1977年1月8日)
第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 ドリブル突破をはかる浦和南・水沼貴史(左端)(1977年1月8日)
第55回全国高校サッカー選手権大会決勝 浦和南対静岡学園 ドリブル突破をはかる浦和南・水沼貴史(左端)(1977年1月8日)

日本サッカー協会の田嶋幸三会長(62)や、永井良和氏、水沼貴史氏など日本代表を何人も輩出したサッカーどころ、埼玉の強豪。1969年度には選手権、総体、国体(当時は単独校)の高校3冠を初めて制し、劇画「赤き血のイレブン」のモデルにもなった。政府が多くの企業にテレワーク導入を求め、世界中でテレワーク、リモート勤務の流れが加速する中、同校は2つの通信技術を使ったテレワークならぬ、“テレ部活”ともいえる、活動に取り組んでいる。

使用しているのは、株式会社SPLYZA(スプライザ、浜松市)が開発したチームスポーツ向けの戦術分析アプリ。スマートフォンやタブレット端末で試合や練習の映像を共有。選手らが各自で「コーナーキック」などと、好きなワードを使ってシーン別にまとめたり、ある特定の場面でコメントを残したりできる。

グラウンドやピッチで集まれなくても、選手に課題を分析させ、戦術理解の向上への取り組みができるという。部員の小川赳生(2年)は「個人の特徴やクセがよく分かるようになり、課題が見つけやすくなった。時間がある今だからこそ、プロ選手と自分たちの違いを比較したりして、新たな発見もできる」と効果を口にする。生徒もスマホを持つことが自然になった現代だからこそ使えるツールともいえる。


紅白戦映像共有、自発的に洗い出し

生徒がAiGROWをスマートフォンで活用する様子(IGS株式会社提供)
生徒がAiGROWをスマートフォンで活用する様子(IGS株式会社提供)

本来、このアプリの使用は有料だが、プロジェクトでさいたま市から提供を受けているため、負担はない。活用法について、同校の松本隆康コーチは「今はコロナウイルスの影響で外に出ることができない。各自が家でモデルになるプレーを見たり、自分たちのプレーの良しあしを、話し合ったりしている」と説明する。

直近では、部活動が止まる直前に行った紅白戦8本分の映像を共有したという。はじめの2本分には、松本コーチが解説を入れる。残る6本の中で各自がプレーした映像を見て、同じように解説を入れたという。チーム戦術に基づいた指導者の解説を見て聞いて、次は部員各自が良かった点やそうでない点を自発的に確認する。部員の神田開生主将(3年)は「個人の課題を見直すことで、自主練習のメニューの参考になる」とした。

ユニークなのは、あえて自由課題としている点だ。松本コーチは「おもしろいもので、理解度が高い選手ほど積極的に取り組んでいる。逆もあります。如実に出ます。選手のことが分かったことも収穫です」と言う。誰もが普通だと感じることさえなく、毎日毎日行ってきた、いつもの部活ができなくなった今でも、戦術理解に加えて自主性や課題設定力の向上を狙った「練習」を実現させている。


“人間力”をツールで数値化できる

「スプライザ」を実際の活用したPC画面(浦和南高校提供)
「スプライザ」を実際の活用したPC画面(浦和南高校提供)

部活の現場、特に指導のシチュエーションでは、よく「人間力」という3文字を耳にする。主体性、課題設定力などと言い換えることもできるが、どこか感覚的で抽象的な表現。目には見えないものだから、無理もないのかもしれない。

こういった力をICTの力を借りて数値化しながら確かめ、成長につなげる試みも、浦和南は行っている。もう1つのツールは、「AiGROW」という。

19年4月に同ツールを公開したIGS株式会社(東京都)の教育事業部で、プロジェクトを担当する矢部一成氏によれば、課題設定や決断、創造性といった25種類の非認知能力を数値化できるという。また「複数の項目を組み合わせることで、主体性やリーダーシップなども測れる」という。

同社は16年に同様のツール「GROW360」を開発した。大手航空会社の全日本空輸(ANA)などの企業が導入した実績がある。

まず、社員に求める、共通の力をはじき出した上で、新卒採用の際、似た人材を見つけるためなどに利用しているという。これを教育現場向けにモデルチェンジしたのが「AiGROW」。現在までに蓄積した約3800万件のデータをもとにしたAI測定が行われている。


戦術習得期間が例年にないスピード

「スプライザ」を実際の活用したPC画面(浦和南高校提供)
「スプライザ」を実際の活用したPC画面(浦和南高校提供)

浦和南では昨年の夏休み前とその後の2度、測定した。アプリの利用もあり、創造力などに伸びがあったことが確認されたという。これまで、分析といえば指導者である教員の仕事だった。これを生徒が行うことが可能になり、増える一方の指導者負担の軽減と選手の主体性の向上を一手に担っている。

19年度に入学した世代(現2年生)を指導した松本コーチは「戦術の習得が早かった。毎年、だいたい11月ごろに戦術が浸透してくるが、夏休みにはチームができあがる感覚があった。例年にないスピード」と、これらのツールの効果を実感した。

一方で、成長度は選手ごとにばらつきが出たという。IGS株式会社の矢部氏は「浦和南はまた別だが、たとえ全国大会での実績があっても、監督やコーチによるトップダウンだと、いわゆる指示待ちで受動型になる」と話す。自主課題への取り組み方からも見て取れるように、言われたことを、ただこなしているだけでは、運動能力は向上しても、「人間力」という要素は、向上しにくいことも数値で見えてきたという。浦和南では、少なくとも22年までデータを蓄積し、傾向や分析を行う予定だという。


19年にスタートしたこの取り組みは、結果的にコロナウイルスの影響を大きく受けた現状、有効な一手であり、「新しい生活様式」が求められるようになるここからも、意味のあるものとなりそうだ。このプロジェクトは、発案したNTTデータ経営研究所とさいたま市が手を組んで進めている。同市は「スポーツどころ」を地域の売りの1つとしている。部活動の改革は課題の1つ。同市スポーツ政策室の植竹慶仁氏は「スポーツに打ち込んだ人は、社会に出てもできる人間が多いことを証明したい」と意図を明かす。


脱・根性!通信技術で価値を再定義

全国高校サッカー 第1日 開会式で、さいたま市のキャラクター「つなが竜ヌゥ」を手に入場行進する浦和南イレブン(2018年12月30日)
全国高校サッカー 第1日 開会式で、さいたま市のキャラクター「つなが竜ヌゥ」を手に入場行進する浦和南イレブン(2018年12月30日)

働き方改革が話題となり、導入されてから、教員の仕事は“ブラック”と言われることが増えた。特に課外活動である部活は「先生の業務を減らす改革」の対象とされ、外部から指導者を雇えるかなどが議論されている。そんな中、教育における部活動の役割とは何か。通信技術を使い、データで示し、価値を再定義することがプロジェクトの最大のテーマだ。

部活動、特に運動部は「熱血、気合、根性」といったイメージがついて回ることも少なくなかった。それをぬぐい去り、洗練された人材を輩出する場であることを証明したい-。パートナーでもあるIGS株式会社の矢部氏も「これだけ本格的な取り組みは、他に例を聞いたことはありません」と話す。

インターハイの中止で、卒業後の進路など、先が見えず不安を抱える選手も多い。これをすべて一気に、情報通信技術や、アプリで解決することはできない。ただ、部活動×テクノロジーのタッグには、無限の可能性がある。この小さな取り組みは、新時代の部活動の、1つの姿となる可能性をも秘めている。【岡崎悠利】