円谷幸吉

国立競技場に2位で飛び込んだ円谷幸吉はゴール約170メートル手前で英国のヒートリーにかわされ銅メダルとなった。金はアベベ
国立競技場に2位で飛び込んだ円谷幸吉はゴール約170メートル手前で英国のヒートリーにかわされ銅メダルとなった。金はアベベ

こんなにも使命感に燃え、愚直に、走ることに、日の丸を背負う誇りと責務に、国民との約束に、いちずに人生を駆け抜けた男がいただろうか。東京五輪マラソン銅メダルを獲得した円谷幸吉。8万大観衆の目が注がれる。ゴール手前、ヒートリーにかわされた。絶叫や悲鳴、怒号が聞こえる。銀から銅に変わった敗北のメダルと円谷は思った。次のメキシコに懸けるが、ケガや重圧…もろもろのハードルに苦しんだ。追い詰められ3年2カ月後、右頸(けい)動脈をカミソリで切り自死。27歳。遺書には「父上様 母上様 幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。幸吉は父母上様の側で暮らしとうございました」(一部抜粋)と書かれていた。(/_;)

<東京五輪・2014年7月30日掲載>