ひとつの蜜月に、幕が下りた。男子テニスで世界9位の錦織圭(29=日清食品)が15日、自身のSNSで、ダンテ・ボティーニ(アルゼンチン)とのコーチ契約を解消すると発表した。錦織は「毎日、毎日、ともに練習してきた仲。ただ、そろそろ新しい声を聞く時だと決断した。自分のテニス人生で、ダンテの貢献は一生もの。そして、いまだに仲のいい友だちでもある。本当に9年間、ありがとう」とコメントした。

すでに次のコーチは絞られており、あとは契約を待つだけだという。もう1人のコーチであるマイケル・チャン(米国)との契約は継続で、錦織の練習拠点が米フロリダにあるIMGアカデミーであることも変わりはない。

ボティーニは、錦織をともに指導してきたチャンに、名前でも実績でも及ばない。一般的には、チャンが錦織のコーチだと思っている人は多い。しかし、この9年間、全ての試合で、一時も離れず、指導してきたのはボティーニであり、コーチといえばボティーニだった。チャンは、あくまでもアドバイザリーの立場でしかない。

ボティーニは、錦織が拠点としているIMGアカデミーのコーチだった11年から、錦織と専属コーチの契約を結んだ。それまで、錦織は非常に多くのコーチの指導を受けてきた。人との距離の取り方が非常に繊細なのが錦織だ。くっつきすぎても、離れすぎてもだめだ。その微妙な間合いは、なかなか分かりにくい。

以前、自分のコーチが、その上司が見に来た時に、態度が変わったのを見て、錦織はコーチを替えたという逸話がある。その中で、9年という月日を錦織と過ごしたボティーニは、もちろん錦織の指導歴が最長で、相性は抜群だったということだ。

アルゼンチン出身だけあって、ラテンの乗りで明るく、イージーゴーイング(=くよくよせず、非常に前向き)だった。おいしいものには目がなく、アルゼンチン・ステーキの店を、私も何度も教えてもらった。夕飯は、多くの人と楽しく食べるのが常だった。

実は、錦織の性格はネガティブな方かも知れない。自分が先頭に立ち、引っ張るタイプではない。負けた後などは、ほとんど口を開かない。だからこそ、正反対のボティーニはちょうど良く、付かず離れずのころ合いが、最高の関係だったのだろう。

14年にチャンがアドバイザリー・コーチとなり、同年の全米で準優勝した時、誰もがチャンの名前を出し、彼の貢献度をたたえた。しかし、その度に、錦織は必ずボティーニの名前を出すことを忘れなかった。

たぶん、コーチがチャンだけだったなら、逆に錦織はつぶれていたかもしれない。チャンのストイックさは、錦織にとって吉にも凶にもなる。そのストイックさを中和させていたのがボティーニだった。

ただ、少し長すぎる春だったのかもしれない。ボティーニも、錦織以外の選手を育てた実績は多くない。そろそろ、ともに卒業し、次のステップへ歩み出す時期だったのだろう。14日、有明コロシアムで行われた慈善イベントに、ボティーニの姿はあった。ひと言、何か言いたかったが、声はかけられなかった。【テニス担当=吉松忠弘】

◆ダンテ・ボティーニ(Dante Bottini)1979年8月10日、ブエノスアイレス生まれ。西フロリダ大卒業後、プロに転向したが、シングルスの最高世界ランクは827位と成功せず。その後、IMGアカデミーのコーチとなり、現在に至った。183センチ、77キロ。