高校ラグビーの「U18合同チーム東西対抗」が来年1月7日、全国高校ラグビー決勝の前座として花園ラグビー場(大阪)で行われる。

単独チームで参加できなかった選手を対象に選抜され、東北勢では5人がメンバー入り。八戸(青森)中山元、釜石(岩手)小野賢登、不来方(岩手)藤川翔大、多賀城(宮城)丹野陽哉、古川工(宮城)菊地雄大(いずれも3年)が東軍25人に選ばれた。小野はラグビーの町の高校生として、初めて聖地を踏む。また27日の開会式直後に行われる女子の部では、青森商・瀧谷のどか(3年)が2年連続で出場する。

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釜石から花園へ-。小野が歴史的な1歩を記す。「ずっと花園を目指してきたけど、チームでは結果を残せなかった。個人とはいえ、選ばれたのは誇りに思います」。迫力あるプレーとは対照的な穏やかな表情で喜びをかみしめた。

厳しい環境の中、つかんだ夢舞台だ。新日鉄釜石が85年に日本選手権7連覇を達成。ラグビーの町として知られるが、99回目を迎える大会で釜石の高校が花園に出場したことはない。現在は少子化の影響から部員不足も深刻で、今年の花園予選も剣道部からの助っ人1人を加えて15人ぎりぎりで出場。1回戦は突破も2回戦で敗れた。

小中と野球部で補欠。担任から誘われ、中3の部活引退後に特設ラグビー部でプレーを始めた。高校入学時に身長190センチ近かった小野を見た及川総司監督(46)は「これだけサイズのある子を、東西対抗に出場させて夢をかなえてあげることが義務だと思った」と3年計画を心に決めた。しかし現実は厳しく、「捕れない、パスはできない、動きは硬い。おとなしくて声も出なかった」。それでも焦らず成長を待った。大柄でも50メートル走は6秒4。サイズとスピードという武器を生かした突進に活路を見いだすと、急成長をとげた。

釜石で行われたワールドカップ(W杯)ウルグアイ対フィジー戦ではボールパーソンを担当。ピッチ脇から雰囲気、世界のプレーを体感した。練習で着用するジャージーは、トップリーグのクボタから東日本大震災の支援物資として送られたもの。花園では釜石の代表として、恩返しの気持ちもプレーに込める。「鉄と魚とラグビーの町と聞かされ育った。ボールを持ったら相手陣に突っこんで、1秒でも長く維持して味方につなげたい。W杯の年に自分が花園に出ることで、『釜石のラグビー』を少しでも発信できたら」。「北の鉄人」の魂を胸に、聖地に立つ。【野上伸悟】