2020年のスポーツ界を、日刊スポーツの記者が取材をもとに振り返る恒例の連載「2020 取材ノートから」。第2回は白血病から再起を目指し、8月末に復帰レースに臨んだ競泳女子の池江璃花子(20=ルネサンス)にスポットを当てる。

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「第2の水泳人生の始まり」。8月29日、東京辰巳国際水泳場。白血病から1年7カ月ぶりにレース復帰した池江は、そう言った。昨年2月から10カ月の闘病生活、プールに初めて入ってからわずか5カ月。なぜ復帰戦が、8月だったのか。そこにアスリートらしい理由があった。

入院中からの目標が10月の日本学生選手権(インカレ)だった。インカレには個人種目とリレー種目がある。個人で出るにはどこかでレースに出て、参加標準記録クリアが必要だった。

ただリレーは違う。日大は前年の成績でリレー出場権を確保しており、そのメンバーを自由に選ぶことができた。関係者は「実際に(池江は)リレーだけに出る可能性もあった」と明かす。無理をする必要はない、と考える向きもあった。

一方で、インカレはチームメート=日大の仲間にとっても大舞台。ましてやコロナ禍で大会自体も少ない。関係者は「リレーに出ると、他の選手の機会を奪ってしまう形になる。レースに出てないのに、申し訳ない気持ちがあったと思います」。池江はもともと強化合宿で、マッサージの順番などルールはきっちりと守るタイプ。プールで競い合う選手同士の間で「特別扱い」は望んでいなかった。

距離も理由だった。個人ならば、最も距離が短い50メートル自由形がある。400メートルリレーは、1人100メートルずつを4人で泳ぐ。関係者は「1日2回の練習ができていたわけじゃない。いきなり100メートルは、不安もあったでしょう」と振り返る。

インカレは闘病生活の支えだった。昨年9月、一時退院してインカレを3日連続で観戦。同学年の男子部員、石川慎之助の「璃花子、待ってるぞ」の呼びかけに涙を流した。最終日は応援を終えて、病院に直行している。病室では集合写真を励みにして「絶対に来年はインカレに出てやる」。真剣勝負のプールに戻ったからには、自力で出る-。姿勢は変わっていない。

池江は8月の復帰戦で参加標準記録をクリア、個人でインカレ出場権を得た。念願の舞台は50メートル自由形で4位。その翌日には400メートルリレー予選に出た。前夜にレギュラーとバックアップの2人が同時に体調不良になり、チームのために急きょ、100メートルを泳いだ。結果的に、個人でもリレーでもインカレを堪能した。

復帰のシーズンを終えて来年は24年パリオリンピック(五輪)に動きだす。本命種目100メートルバタフライをレースで泳ぐ日が、パリへの第1歩になる。【益田一弘】

◆池江璃花子(いけえ・りかこ)2000年(平12)7月4日、東京都生まれ。15年世界選手権で中学生として14年ぶりに代表入り。得意は100メートルバタフライで自己ベスト56秒08。16年リオデジャネイロ五輪5位、18年パンパシフィック選手権で主要国際大会初優勝。同年ジャカルタ・アジア大会で日本勢最多6冠で大会MVP。昨年2月に白血病を公表し入院。同12月に退院。171センチ、60キロ。

<経過メモ>

◆19年2月4日 オーストラリア合宿中に疲労が抜けず現地で検査を受ける。

◆同8日 緊急帰国。白血病と診断されて入院。

◆同12日 自身のツイッターで白血病を公表。「信じられず、混乱している状況です」。

◆同3月6日 ツイッターで治療について「思ってたより、数十倍、数百倍、数千倍しんどいです」とつづる。

◆同4月8日 日大入学と同水泳部入部を発表。

◆同5月8日 公式HPを開設し「最後まで頑張りたい、負けたくない」と記す。

◆同9月6日 日本学生選手権を会場で3日連続の応援。男子総合優勝に「とてもうれしかったです」。

◆同12月17日 公式HPで退院を発表。「2024年のパリ五輪出場、メダル獲得という目標で頑張っていきたい」。

◆20年3月17日 406日ぶりプールに入ったことをSNSで報告。「言葉に表せないぐらいうれしくて、気持ち良くて幸せ」。

◆同5月18日 短髪を初披露し「今のありのままの自分を見てもらいたい」。

◆同7月2日 オンラインで報道陣に練習公開。10月の日本学生選手権でのレース復帰を目標に掲げた。

◆同4日 20歳になる。

◆同23日 延期された東京五輪開幕1年前の国立競技場でのイベントに登場。真っ暗なスタジアムに純白の服で降り立ち、3月にギリシャで採火された聖火のランタンを掲げた。4分10秒のスピーチで「1年後、オリンピックやパラリンピックができる世界になっていたら、どんなにすてきだろうと思います」。世界に祈りのメッセージを発信。

◆同8月11日 復帰レースにエントリーしたことが判明。29日の東京都特別大会(東京辰巳国際水泳場)の50メートル自由形。

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