昨夏の東京オリンピック(五輪)空手男子形で金メダルの喜友名諒(32=劉衛流龍鳳会)が、昨年の東京オリンピック(五輪)開幕から23日で1周年を迎えるにあたり、日刊スポーツのインタビューに応じた。1年前の思い出や、空手の五輪実施競技復活への思いなどについて語った。

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-東京五輪から1年がたつ

オリンピック後もこれまでと同じように稽古をして過ごしてきた。もう1年たつんだなという思い。時間が過ぎるのは速いと感じる。

-東京五輪で印象に残っていることは

すべてが新鮮に映った。大会会場やコートからの景色、選手村の様子など、1つ1つを鮮明に覚えている。

-日本武道館では東京五輪前にも試合をしてきた

場所は同じでもオリンピック仕様になっていて、デザインも雰囲気もぜんぜん異なると感じた。

-無観客での開催だった

なによりも五輪が開催されたことに感謝している。そして無観客だった中でも、日頃から応援してくださる方たちの支えを感じることができた。だから自信を持って試合に臨めた。

-優勝が決まったあと、コート中央で正座をして一礼した姿も印象的だった

決勝が始まる直前に、ああいう形で思いを伝えることがよぎった。自分1人だけでなく、みんなで戦ったと思っている。ともに戦ってくれた人たちへの感謝を込めて、あのように優勝を報告した。

-亡くなられたお母様にささげる金メダルでもあった

東京から沖縄に戻った日、すぐ仏壇に金メダルを供えて報告した。

-金メダルは普段どこにあるか

いつもは入れ物に入れて引き出しの中に保管している。いまは沖縄県立博物館で沖縄本土復帰50周年の特別展が開催されていて、そこで金メダルと空手道着を展示してもらっている。

-東京五輪閉会式では旗手を務めた

なかなかできない貴重な経験。旗手を任せていただいたことで、空手をさらに多くの方に知っていただくことができたと思う。ありがたかった。自分としても一生の思い出になったし、楽しかった。

-いま取り組んでいることは

これまでと変わらず、自分の技を磨くために稽古をしている。師匠の佐久本先生から劉衛流の技を受け継ぎ、次世代へとつないでいきたい。

-五輪金メダリストとして、稽古に臨む際に心境の変化は

技を磨くことは一生できる。自分に足りない面や苦手な部分を克服して、空手の奥深さを研究し、追求していきたい。その思いは東京五輪前も東京五輪後も変わらない。

-東京五輪後には、世界選手権で史上初の4連覇、日本選手権でも空前の10連覇を達成した

世界選手権では最初の2回がアーナンという形で優勝。3回目にアーナンダイ、4回目はオーハンダイを選択した。劉衛流のどの形で勝負しても世界大会で勝てたことは、自分にとって大きい。

-24年パリ五輪では空手が実施競技から外れた

東京五輪は自分の大きなモチベーションになった。子どもたちにとって、五輪という舞台は大きな目標であり希望。五輪競技復活に向けて、自分もできることがあれば動きたい。

-東京五輪後、空手への注目度が小さくなっていると感じることは

メディアに出る機会は五輪前後がいちばん多かったとは思う。とはいえ五輪のおかげで、空手とはどんな競技か多くの方たちに伝わったとも思う。大会やイベントなどを通じて、たくさんの方々とつながる機会も今後あるはず。そういうところで空手の魅力を伝えていければ。

-28年ロサンゼルス五輪を迎えるときには38歳。再び金メダルを目指す意欲は

そのときまでどうするかといったことは、いまは考えていない。まずは、1つ1つですね。

◆喜友名諒(きゆな・りょう) 1990年(平成2)7月12日、沖縄市生まれ。沖縄国際大卒。5歳から空手を始め、中学3年時から劉衛流の佐久本嗣男氏に師事。14年世界選手権の男子形で初優勝を飾って以来、21年大会まで史上最多の4連覇中。日本選手権は21年に前人未到の10連覇を達成した。21年東京五輪金メダル。国際大会のプレミアリーグ優勝回数(19回)はギネス世界記録認定。170センチ、80キロ。