特攻=玉砕。グッとマウスピースをかみしめて、相手をにらみつける姿に、そう直感した。昨年大みそかの愛知県体育館、WBO世界ミニマム級王者田中恒成(20=畑中)の初防衛戦。王者は、6回のゴングと同時に同級4位サルダールとの距離をつめた。試合はまだ折り返しだったが、決着が近いことを予感した。結果は田中の王座陥落だと。

 田中に他の選択肢はなかっただろう。抜群のスピードとパンチのキレが王者の持ち味だが、右構え同士の試合は挑戦者のペース。鋭い左ジャブ、ガードの上にたたきつけるフルスイングの右、時折はさむ逆ワンツー。引き出しの多さは挑戦者が上。5回には左ジャブにかぶせて強烈な右カウンターがヒット。田中は横倒しに崩れて、人生初のダウンを喫した。決してタイミングだけではない、深刻なダメージが刻まれた。5回終了のゴングに救われたが、コーナーに戻る足取りはおぼつかない。ジャッジ3人すべてが挑戦者を支持して、残りは7ラウンドもあった。そもそも最終の12回までたどり着けるのか。会場は静まり返り、敗色ムードが濃厚に漂っていた。

 起死回生の何かが、必要だった。最もシンプルなのは被弾覚悟の特攻。しかし4回戦ならいざ知らず、世界戦レベルで普通、特攻は通用しない。特攻を選んだ時点で、すでに追いつめられているからだ。特攻=玉砕、という光景は何度も見てきた。左フックか、右ストレートか。田中が倒されるシーンを予想した。

 だが結末は違った。田中は打ち合いの中、左ボディーフック1発で挑戦者を退けた。6回、逆転KO。再三見せていた左フック→左ボディーのコンビネーションを、KOシーンでは右アッパー→左ボディーに変えた。その変化が奏功したが、それ以上に驚いたのは田中の「捨て身」だ。特攻といっても、本当に捨て身になれるものではない。身の危険を伴う競技の特性上、打たれれば苦しいし、倒されるのは怖いものだ。だがあの時、田中の頭に残りラウンドの計算も自分のダメージもなかっただろう。

 ボクサーにとっての「華」は、純粋な強さとは少し違う。倒しにいってほしいとファンが望む時、闘争本能がおもむくままに捨て身で倒しにいける-。6回の田中にはそんなかけがえのない「華」があった。【益田一弘】