<三沢光晴選手死去…ファン追悼メッセージ=37>
◆初めて訃報を知ったとき、言葉になりませんでした。お亡くなりになられた夜はショックで眠れませんでした。未だに僕はあなたに「さよなら」を言う勇気がありません…。あなたが亡くなったという事実を受け入れたくないということなんだと思います。でも、三沢光晴というレスラーは僕の心の中でまだ生き続けていることだけは事実です。あなたの何度でも立ち上がる強さ、エルボーひとつで観客を沸かせる魅力、ファンのことを一番大事にしてくれた優しさ…。絶対に忘れません。本当はこんなに早くあなたにこの言葉は言いたくなかった…。でも、こういう場でしか言えないかもしれないから言わせていただきます。三沢選手、本当にありがとうございました。そして、さようなら…。どうか安らかにお眠りください。合掌。あなたから教えていただいた勇気や優しさ、そして強さ…。それを胸に刻み、これから僕も頑張ります。(男性20代)
◆2代目タイガーマスクとしてのプレッシャー、マスクを脱いでから4天王として全日本を支えるプレッシャー、離脱して新団体のエースとしてのプレッシャー、そしてその団体の社長としてのプレッシャー、最後まで心身ともに休める日がなかったでしょう。ここで若手に少しプロレス界をまかせてあげてください。長い休みになると思いますが馬場さん、鶴田さんなどとプロレス界を見守っていてください。お願いします。(男性40代)
◆弱い方を応援する私は、鶴田派でした。いつも「負けろ負けろ」と思ってましたが勝つとやっぱ強いなーと、気分が良かった。実はスピンキック、エルボー、フェイスロック、タイガードライバー。すべての技が大好きでした。お疲れ様でした。でもそろそろ復活してもいいと思いますよ。昨日から涙が止まらないです。目をはらしたまま会社に行くのが恥ずかしいです。多分今日も休憩のたびに泣くでしょう。タイガーマスクを被った謎の選手が乱入!!
てシナリオですか?
まだ信じたくないけど、本当にありがとうございました。おやすみなさい。(男性20代)
◆こういったメッセージのページを設けていただいたことに、プロレスファン・NOAHファン・三沢ファンの一人として感謝します。プロレスを知っている人であれば、彼の偉大さは皆さんわかっていると思いますが、一般新聞やTV(日テレ除く)等での取り上げられ方を見ると、残念でなりません。「リングの上だけ見ていてくれればいいからさ」なんて三沢さんが言いそうですが、プロレスのおかれているポジション、プロレスラーの地位を考えると残念でなりません。ミサワ~、ジャンボや馬場さんの元へ行く前に、まだやり残していることがたくさんあるだろぉ。お前ゾンビじゃなかったのかよぉ。(男性40代)
◆涙が止まりません。80年代後半から90年代前半のジャンボ鶴田選手やスタンハンセン選手との壮絶な試合は、今も色あせることなく記憶に残っています。あのどっしりとした、すべての技を受けきる王道プロレス、大好きでした。今はゆっくり休んでください。ご冥福をお祈りします。(男性30代)
◆三沢さん、驚きを越えたショックで言葉も出ませんでした。本当に辛いです。誰が何と言おうと間違いなくずっとヒーローでした。プロレスはあなたがいれば大丈夫!
という気持ちにいつもさせてくれました。激闘の連続で蓄積されたボロボロの身体で弱音も吐かずNOAHの舵を取るあなたには何度も勇気を貰いました。GHCを再び取り戻した日はやっぱり三沢だ!
と例え時代が逆行しようと嬉しく思いました。最後まで全力で決して諦めない男、三沢光晴。もっともっと観たいカードはいくらでもあったけど、どうかゆっくり休んでください。「出来る時に、ね」と言われてた言葉が胸に沁みます。NOAHを、プロレス界を見守っていてください。三沢さん、お疲れ様でした。そして、有り難う御座いました。でも、悲しすぎるよ。(男性20代)
◆もう一度、ただもう一度だけでもいいので、強くて怖い三沢光晴が見たかった。何ヶ月か試合を休んででも、体調を整えてもらい凄い三沢光晴を見たいと思っていた。ただ残念でなりません。(男性30代)
◆三沢さん、一報を聞いてから丸一日、何をしていてもあなたのことばかり考えてしまいます。あなたにこんなに泣かされたのは、03年の小橋選手とのGHC戦以来です。今更ながらに、最高のプロレスラーとしてのあなたの存在の大きさを噛み締めています。何故このような無念な去り方をしなければいけなかったのか、神様を恨むより他にありません。三沢光晴よ、ただただ安らかに。(男性30代)
◆全日時代の四天王の川田、田上、小橋と凌ぎを削る熱い試合や、ハンセン、スティーブ、テリーら屈強な外国人レスラーとの壮絶な戦いは、今でも記憶に新しいです。三沢さんは僕の青春でもありました。この事実だけは本当に嘘であって欲しい。今はただ冥福を祈るだけです。どうか安らかに…。(男性30代)
◆はじめて三沢選手の試合を見たのは高1の頃でした。テレビを通じて、あのエルボーに感激し、高2の頃、文化祭の帰りに武道館に行って観戦に行った時、GHCを奪還されました。決め技は「ランニングエルボー」でした。本当に感激し、ファンになり、往復はがきでサインをいただきました。今でもそのサインは宝物です。天国にいってもみんなの心の中で生き続けてください。心から冥福をお祈りいたします。(男性20代)
◆三沢さんが受身の天才と言われた男がこんな形で亡くなるなんて、ショックだし信じたくない。ご冥福をお祈りいたします。くやしい。僕も三沢さんの試合を生で見たかった。(男性10代)
◆プロレスは好きで日本プロレスの頃から観ていました。好きな選手はたくさんいたけどもファンとして応援して、勝敗に一喜一憂した選手は(すべてのスポーツ選手をの中でも)三沢選手だけでした。あのマスクを捨ててジャンボ鶴田に勝ったあの試合から…。それからいままでその気持ちはかわりませんでした。ありがとう三沢選手。(男性50代)
◆まだ、現実を受け入れられません。今日も仕事に向う途中で、自分が生で観戦した三沢選手の試合を思い出し、恥も外聞もなくボロボロ泣いてしまいました。私が三沢選手の試合で絶対に忘れられないのは、全日時代の99年5・2東京ドームでの対ベイダー戦です。これは、馬場選手の引退興行のメインイベントでした。三沢選手はチャレンジャーという立場であり、馬場選手の追悼のためにも負けられない戦いでした。私は九州からはるばる一人で東京ドームに見に行きました。試合を決めたあの渾身のランニングエルボー。そして、その後のカウント3。間違いなくドームの客が一つになった瞬間でした。もうこんな一体感を味わうことができないのか…。今はただ、ご冥福をお祈りするだけです。私は、あなたのことは絶対忘れません。(男性30代)
◆三沢選手は偉大な選手でした。闘志あるスタイルにはいつも感動していました。プロレスの偉大さを教えていただいた気がします。今までありがとうございました。これからのプロレス界を見守ってください。(男性20代)
◆まだ信じられないです。まだ認めたくない自分がいます。よく武道館、ドームと足を運ばせて頂きました。鶴田選手との名勝負は自分の青春です。ご冥福をお祈り致します。(男性30代)
◆ノアは年齢よりも激しい試合するから…。年齢、社長業の兼務、ファンの期待想像付かないくらい大変だったでしょう。これからのプロレス、ノア応援します。 三銃士のファンで三沢さんとの頂上決戦わくわくしました。 三沢さんのようにどんな苦難も乗り越えるよう頑張ります。 今までありがとう。お疲れ様でした。 心よりご冥福お祈り申し上げます。(男性30代)


